第86話 サイレントマジョリティ
「新しいデザインの評判はめちゃくちゃいいな」
景隆は森ノ宮がデザインしたユニケーションを操作しながら言った。
マンスリーマンションの一室ではユニケーションの今後についてミーティングが行われていた。
「テキストボックスやボタンの位置がちょっと違うだけで、こんなに使いやすくなるんですね」
鷹山は感心していた。
「ドキュメントを見なくても、直感的に使えるようになったというコメントが多いわね」
上田はベータテストから寄せられたユーザーのフィードバックを確認していた。
「UIとUXだな」
「なにそれ?」
上田の疑問に柊が順次答えていった。
「UI――ユーザーインタフェースはユーザーが操作するモノを指す。
ユニケーションの場合は主にウェブサイトの操作画面だな」
「メニューの配置とか、アップロードする資料をドラッグドロップできるとか?」
「そんな感じだ」
「UXは?」
「ユーザーエクスペリエンスの略で、ユーザーが得られる体験を指す」
「使いやすいと思ったり、使って面白いと思ったりすること?」
「まさにその通りだ。UIとUXは密接に関連する」
「森ノ宮さんがUIを改善したことで、UXも改善したってことですね」
下山は勉強熱心な性格らしく、メモを取りながら話している。
「実際、すごく使いやすくなったッス。何で前のときは声を上げてくれなかったッスかねぇ」
竹野はベータテストのユーザーが不満があればフィードバックをしてくれると思っていたようだ。
「理由は二つありそうだな」
「聞こう」
景隆は柊に説明を促した。
「一つは、元々こういうもんだという思い込みだ」
「既存の枠に囚われるってことか。革新的なサービスはユーザーの期待値を上回るからこそ革新的だもんな」
「確かに、昔のコンピューターはテキストしか打ち込めなかったから、GUIの世界なんて想像もできなかったでしょうね」
新田には思い当たる節があるようだ。
景隆は「お前いくつなんだよ」という言葉を飲み込んだ。
「もう一つはサイレントマジョリティだな」
「あぁ、なるほど」
「どういうことッスか?」
上田はすぐに納得していたが、柊は竹野の疑問に答えた。
「元はニクソン大統領の言葉と言われているけど、『静かな大衆』などと訳される。
サービスを享受する側で、不平不満をあえて発言する人は少数なんだよ」
「俺ならすぐに言うッスけどね」
「人間の思考を言語化することは結構な手間なんだよ。
加えて、ネガティブな表現をして相手との軋轢を避けたい場合もある」
「あぁ、わかります」
下山は思い当たる節があるようだ。
「マーケティングにとっては難題なのよね」
上田は前職では顧客にアンケートをお願いしても、回答してくれないことを嘆いていた。
「インセンティブを入れるか……ポイントを付けるのはどうだ?」
「いいんじゃないか」「いいと思うわ」
景隆の提案に柊と上田が同意した。
「そのポイントは何に使えるんですか?」
鷹山の疑問はもっともだ。
「コンテンツの購入代金として使える」
「あぁ、ECサイトや家電量販店と同じ仕組みですね」
鷹山は「なるほどー」と納得していた。
「ポイントはフィードバック以外にも付与したいわね」
「と言うと?」
「コンテンツの品質を上げるために使うのよ。
評価が高いコンテンツにポイントを付与すれば、サービスの信頼性が上がるわ」
「どういうことッスか?」
「ユニケーションは公式コンテンツのほかに、講師側のユーザーがコンテンツを提供できる仕組みだ。
ユーザーコンテンツは玉石混交になるため、品質の高いコンテンツにインセンティブを与えるのが上田の考えだ」
「なるほどー、参考になるッス」
「実装は多少めんどくさいけど、やる価値はありそうね」
新田の脳内では実装方法が思い浮かんでいるのだろう。
彼女は与えられた課題の難易度が高いほど燃えるタイプだ。
「ポイントの発行は緩すぎてもダメだし、キツすぎてもダメだから、基準は慎重に決める必要があるな」
「ちょっとした中央銀行だな」
金融政策に関心が高まった景隆は柊の意図がすぐに理解できた。
「たくさん配りすぎると、ポイントの価値が毀損するし、ケチるとやる気が削がれるってことね」
「上田さん、わかりやすいッス!」
「教育サービスなので、学生や学校関係者を優遇したいですね」
「下山さんのアイデアいいですね!」
会議は盛り上がり、議論は深夜まで及んだ。
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