第78話 近況1
「石動くんの会社、面白いことになってるねー」
おでん屋で、鷺沼は新しいおもちゃを与えられた子供のように言った。
「何があったんですか?」
白鳥は上品に箸で大根を崩していた。
「Web Tech Expoのスポンサーになったんだよ」
鷺沼は卵に豪快に辛子をつけていた。
「鷺沼さんが座長をやっているんですよね。翔動でも話題になっていました」
鷹山はがんもどきを食べていた。
「
白鳥は日本酒を鷺沼のおちょこに注ぎながら言った。
「OSSが主体のイベントだからねー……辛っ!」
鷺沼は卵を食べた途端に顔をしかめた。
デルタファイブの顧客は企業が開発・提供している製品を利用している。
OSS(オープンソースソフトウェア)を扱うには、企業のサポートを受けられないため、社内に精通した人員がいる必要がある。
「OSSはもっと広く使われるべきだと思うんですけど」
鷹山は鷺沼を見て、慎重にこんにゃくに辛子をつけていた。
鷹山は翔動で扱っているOSSのソフトウェアに多くの可能性を感じていた。
これはデルタファイブでは得られない経験であった。
「多くの大企業は何かあったときに、責任が取れないから使わないんだよ」
景隆ははんぺんを食べながら言った。
「と、言いますと?」
「ソフトウェアに問題があったり、問い合わせをしたい場合はバックアップ体制が必要なんだ。
技術力がある会社の場合、優秀なエンジニアがサポートできるが、そうでない場合は金で解決するしかない」
「だから
「札束で殴れば解決できるからな」
アストラルテレコムなど、デルタファイブの顧客は高額なサポート費用を支払っている。
アストラルテレコムの場合、札束でほっぺたをひっぱたかれるのは、主に景隆と白鳥だ。
「今は
白鳥は会社の行く末を心配しているようだ。
「そうなると、デルタファイブのビジネスは先細りですねぇ……もしかして、鷺沼さんがOSSなどのコミュニティ活動に参加しているのは?」
「んにゃ、単に面白そうだから」
(ですよねー)
景隆は鷺沼の一番弟子を自称しているため、彼女の性格はよくわかっている。
「話を戻すけど、スポンサーになった石動くんの会社の柊さんって人が面白くてさー」
鷺沼は性懲りもなく、牛すじに辛子をたっぷりと付けていた。
「え? 柊のやつがなにか粗相をしました?」
景隆は恐る恐る尋ねた。
「単に、私が興味あるだけ」
(なんですと!)
「むっ!」
聞き捨てならない言葉に反応した景隆を、鷹山はジト目で眺めていた。
「なんか、正体を隠して色々やっているんだよねぇ。漫画みたいじゃない?」
「俺知らないんですけど……」
相変わらず柊は影で色々と動いているようだ。
「そんで、その柊さんが石動くんと似ているんだよ」
「わかります!」
鷹山がものすごい早さで食いついた。
「ソ、ソウデスカネー」
「なんで片言なんだよ」
白鳥は不思議そうに、動揺した景隆を見て言った。
「別に顔が似てるとかじゃないんだけど、雰囲気とか仕草とか?」
「わかります、わかります、わかります」
(『わかります』がゲシュタルト崩壊だよ……)
「俺は一回しかあったことがないから、そこまで気が回らなかったな」
「あの時の柊は挙動不審だったからなぁ」
景隆は柊と初めて会った時を思い出した。
この出会いが、景隆の人生の転換点だといっても過言ではないだろう。
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