第69話 営業
「上田です。よろしくお願いします」
柊がスカウトした営業は、景隆が想定していたよりもずっと若かった。
女性であることも意外であった。
景隆が勤務しているデルタファイブは男性の比率がかなり高く、営業職も例外ではない。
その中で、アストラルテレコムを担当している鶴田は数少ない女性営業の一人であった。
景隆は上田と面接をすることもなく採用を決めた。
柊は景隆と同じ人格を持ちながらも、人生経験が長く、言わば景隆の上位互換だと思っている。
その柊が採用を決めたのであれば、それに異論を唱える余地はなかった。
景隆と柊のどちらか一方で意思決定を行えるということが、翔動の強みだ。
柊はアクシススタッフを退職し、翔動の役員となった。
肩書はCOO(最高執行責任者)であるが、CFO(最高財務責任者)も兼務している。
アクシススタッフを辞める際には色々とあったようだ。
「石動は年齢とか立場とか、大体は俺と同じだから、同じように接してもらっていいよ」
「じゃ、石動で。私のことも上田でいいわ」
「よ、よろしく」
景隆は妙な既視感を覚え、作業をしている新田と見比べた。
新田は人当たりのキツイ印象の美人であり、上田は勝ち気な印象を受ける美人であった。
(新田と相性が悪そうだな……)
景隆の心配は意外にも杞憂に終わった。
***
(嘘だろ……)
景隆は驚きを隠せなかった。
エンプロビジョンの営業に就いた上田は、豊岡が採用した人材を高く売っていた。
契約を更新する顧客には単価の引き上げを飲ませ、折り合わない場合には別の顧客に割り振っていた。
エンプロビジョンはあっという間に赤字企業から黒字企業に転換した。
柊による業務プロセスの改革も黒字化の要因ではあったが、上田の営業力が大きく寄与していることは会計上の数字が物語っていた。
「――これなんだけど」
上田は新田に、柊がアクシススタッフのときに作ったスプレッドシートのマクロを見せていた。
アクシススタッフでは顧客管理をスプレッドシートで原始的に管理しており、それを見かねた柊が集計用のツールを簡易的に作っていた。
柊曰く、エンプロビジョンの情報を得るために、上田の下働きをしていたようだ。
「――原理はわかったわ。これをシステム化すればいいのね」
「そうね、翔動とエンプロビジョンの業務プロセスに合わせた形にしてほしいの」
柊は未来で使われている営業支援システムの内容を新田に伝えていた。
柊は営業経験がなかったため、上田の意見が反映されたことにより、エンプロビジョンの業務プロセスが大きく改善された。
こうして作られた営業支援システムは、後の翔動の主力製品の一つとなる。
新田も上田も、さばさばとした性格で、言いたいことがあればはっきりと言うタイプだ。
特に新田はコミュニケーションにコストをかけたくないことを信条としているため、上田の話し方が合ったようだ。
「システムの設計は柊から聞いているわ。明日にはプロトタイプができると思う」
「うそっ! そんなに早くできるもんなの?!」
上田は営業であるが、IT業界であるためシステムができるまでの工程は把握していた。
新田の発言はにわかには信じられなかったようだ。
「「新田は特別だよ」」
景隆と柊はハモるように言った。
「な、なによぉ」
「はっはーん」
めったに見せない照れた表情の新田に対して、上田はおもちゃを見つけた子どものような表情で言った。
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