第56話 パーティ
「大河原、おめでとう!」
景隆の音頭で大河原の合格祝いが開催された。
大河原はMoGeの新作ゲームのオーディションで役を勝ち取った。
オーディション結果は即日通知され、同日に景隆の発案で非公式な合格祝いが開催された。
翔動が借りているマンスリーマンションの一室では、柊が作った料理が並べられていた。
このパーティは翔動が主催しており、外部に情報が漏れないという点でも、都合の良い場所であった。
キッチンにはオーブンなどの設備が充実しており、柊は「使わないともったいないな」と言いながら料理を作ることにした。
景隆も一人暮らしで多少は料理ができるため、柊を手伝っていたが、柊の料理スキルは桁違いだった。
「すごく美味しいです!」
大河原はタパスの盛り合わせを食べながら、顔をほころばせていた。
大河原は未成年なので、ワイングラスにはぶどうジュースが注がれている。
「本当に美味しいです、これは全部柊さんが?」
船岡がアヒージョをパンに乗せて食べていた。
「石動に手伝ってもらいましたが、大体はそうですね。そのパンは買ってきたものですが」
船岡は見た目と異なり、かなりの健啖家だった。
熊本では太平燕に加えて馬刺しや辛子蓮根、さらに、おやつとして、いきなり団子を平らげており、景隆を驚かせていた。
「柊さんは料理もできるんですね……こんなに美味しいキッシュは初めて食べました」
長町は感心するように言った。今日の料理は多国籍だ。
「川奈さんに教わったんですよ」
「なるほど……でもそれだけで、こんな手の混んだものが……?」
長町は納得していないようだ。
川奈は霧島プロダクションに所属している俳優だ。
彼は食通で料理番組にも出演しており、グレイスビルでは同僚に食事を振る舞うこともある。
柊は自炊経験が長いため、川奈の料理の手伝いを申し出たところで意気投合していた。
『おぃ、なんで長町さんがここにいるんだよ?』
『さすがに呼ばないとまずいだろ……まさか本当に来るとは思わなかったけど』
『安いワインしかないけど大丈夫か?』
『料理に満足しているみたいだし、いいんじゃないか?』
長町は多忙であるため、当日の呼び出しでは来られないだろうと想定していた。
「柊にこんな特技があったなんて……いまさら驚かないけど……それより、私がここにいていいの?」
新田はカジョスを食べている。
「何言ってるんだよ。名取モデルがなかったら、大河原はただの女子高生のままだったんだぞ!」
景隆は新田は最大の功労者と言っても過言ではないと思っている。
新田が作ったモデルで柊が大河原を発見し、名取と長町が育て、船岡がマネジメントをした。
ここにいるメンバーの一人でも欠けていたら、この結果は出せなかっただろうと想像できる。
「未だにその名前で呼ばれると恥ずかしいです……あ、これも美味しい!」
名取はカポナータを食べながら、恥ずかしそうに言った。
参加者には、彼女がここに来ていることを口外しないように周知している。
これは、特定の候補生に肩入れしているような誤解を与えないためだ。
「なんですか、それ?」
この場では長町だけが、名取モデルの存在を知らされていない。
「――なるほど、そんなことができるんですね」
長町は興味深そうに石動の説明を聞いていた。
声に一切の妥協をしない長町にとって、音声をデジタルなデータで評価するという考え方が、彼女にとって斬新だったようだ。
「声優コースでもかなり使われています。候補生が自分の音声を自己採点できるので、独習できるんですよ」
名取が補足した。
名取モデルは霧島カレッジのeラーニングシステム『グロウ』から利用できる。
「私も自己学習がメインなので、すごく助かっています!」
大河原にとっては救世主だ。
「それ! 私も使えるんですか?!」
長町は取って食いそうな勢いで尋ねてきた。
「名取モデルの著作権は霧島カレッジと翔動にあります。したがって、宇喜多さんの許可があれば問題ないと思います」
「わかりました! 聞いてみます!」
長町の活躍の源泉はこの行動力にあるのかもしれないと景隆は感じた。
(大河原にとっていい刺激になりそうだ)
「相当難しい技術が使われているんでしょうね」
さすがの船岡も、IT技術までは詳しくないようだ。
「概念としては説明できるのですが、実装するとなるとかなり難しくて……石動が言ったように新田がいたから実現できました。もちろん、名取さんも欠かせないですが」
「柊が出してきた理論がないと、私でも無理よ」
「ふーん……柊さんは随分と新田さんを評価しているんですね?」
「……」
新田を見つめる長町の視線が鋭くなり、火花が散りそうだ。
あまりにも張り詰めた空気に「ピシッ」という音が聴こえた気がして、景隆は思わず窓を確認した――もちろん割れていなかった。
大河原は恐怖のあまり震え上がっていた。
「き、今日は大河原さんのお祝いだから!」
柊はそう言ってケーキを持ってきた。
これを見た大河原は「うわぁ」と目を輝かせていた。
(こ、こここっ……怖かったー……)
ケーキの登場でその場の空気が元に戻った。
「ごめんね、さすがにケーキは買ってきたものなんだ」
「十分すぎます! 私、こんなごちそうを食べたのは初めてです!」
大河原の家庭は裕福ではないため、本音で言っているのだろう。
柊は「時間があればなぁ」とこぼしていたが、その場の全員が内心で「作れんのかよ!」とツッコミを入れていた。
「ねぇ、菜月?」
大河原の様子をほのぼのと眺めていた長町が切り出した。
「はい?」
大河原はケーキにフォークを指しながら答えた。
「私のラジオに出てみない?」
大河原はフォークを手に持ったまま硬直した。
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