第41話 ガラスの靴

「はー、あんたお人好しなんじゃないの?」

熊本での経緯を聞いた新田は、呆れるように言った。


景隆と柊はいつものように、新田と貸し会議室で作業をしていた。

景隆はeラーニングサービス『ユニケーション』の自社教材を作っている。

この教材に大河原の声を当てる予定だ。


新田は動画のエンコーダーを開発している。

eラーニングの動画コンテンツはデータ容量を大きく消費するため、エンコーダーで動画のサイズを小さくしている。

エンコーダーの作成にはハードウェアやソフトウェアの最適化など、幅広い知識が必要だ。

新田はこれに今晩の夕食を作るかのように取り掛かっていた。


「これは先行投資なんだって……将来、大河原が有名な声優になれば教材の価値が爆上がりするんだよ。

今は高校生に支払うバイト代だから、費用対効果は悪くないと思っている」

「機材代とか、交通費はかかってるけどな……」

柊もスタンスは新田寄りだった。


「それで霧島カレッジのルールまで変えちゃったんでしょ?

肩入れし過ぎじゃない?」

「これでオンライントレーニングが広まれば、うちにとっては追い風だけどな」


柊はこの点で妥協して景隆に任せていた。

この時代では対面の講義が主流であるため、柊はeラーニングの市場規模を増やす施策は打っておきたいと考えていた。


『パンデミックが来るのはまだまだ先なんだよな……来ても困るけど……』

「ん? なんか言ったか?」

「いゃ、なんでもない」


「大体、その大河原って子がブレイクするかどうかわからないじゃない」

「俺は新田が作ったモデルと名取さんを信じるよ」

景隆の発言に新田が「へにゃっ」と、変な声を上げた。


「名取さんの評価はそんなに高かったんだな」

「実際に会って声を聴いたらびっくりするぞ」

「あんまり入れ込み過ぎるなよ……」


「石動にとっては大したことじゃないかもしれないけど、女子高生の人生を変えてしまおうとしているんだから……惚れられても知らないからね」

「はぁっ?! 年齢的にありえないだろ……」


景隆の発言に新田は「はあぁーーー」と大きなため息を付きながら言った。


「あのねー……あの子にとって石動はガラスの靴を拾ってくれた王子様なの。

年齢だって、女子高生が教育実習生に恋することはおかしくないでしょ?」

「俺は学生じゃないけど、あの世代にとっては誤差ってことか?」

「まぁ、そうでしょうね……ところで石動は女子高生に興味は?」

「ない……全くない」


景隆は大事なことなので二回言った。

気の所為かもしれないが、新田は安心したような顔になった。


「それなら、ちゃんと距離をおいて接することね。もう手遅れかもしれないけど」

「怖いこと言うなよ……」


景隆は大河原のことを思い浮かべた。

今でこそ地方の素朴な美少女だが、東京に出てきて垢抜けたら人気が出るような感じを受けた。


(どうせ人気声優になったら、俺のことなど歯牙にも掛けないだろうからな……)

この認識が甘かったことを今の景隆は知る由もなかった。


「ん? 早速届いたぞ!」

「何が?」

「大河原の録音した音声だ」

景隆はグループウェアの練習も兼ねて、大河原が自宅で録った音声を送るように指示していた。


「録音機器が段違いによくなったので、多分、前とは全然違うぞ……聴いてみるか?」

景隆の問いに二人は頷いた。


「――こ、これは……」

再生された音声を聴いた柊と新田は絶句していた。


「すごいわね……石動の言ってたことは嘘じゃなかったんだ」

「信じてなかったのかよ!」


「こうなると、教材にこの声に合いそうなキャラクターを入れたいな」

柊も前向きになってきたようだ。


「イラストレーターに心当たりはあるか?」

景隆はこの分野に関しては門外漢だった。


柊は少し考えた後に言った。

「まぁ……なくはない」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る