第32話 波乱

「ざわ……ざわ……」

会場がざわついた。


「これはキャリアの浅い我々が慢心しないようにという、江鳩さんのご配慮により、決断いたしました」

周囲の雰囲気を気にせずに景隆は続けた。


「はあぁっ!?」 「ええぇっ!?」

景隆の予想外の発言に、会場内からはさまざまな声が沸き起こった。

ありがたいことに、「最後のが一番よかったよね」という声も聞こえてきた。


「江鳩! どういうことだ!!」

似鳥は烈火のごとく激怒していた。

普段は温和な顔をしている似鳥だが、今は鋭い視線を江鳩に突き刺していた。


景隆にとって似鳥は雲の上の存在なので、年に数回しか接点がなかったが、ここまで怒りを露わにしている似鳥を見るのは初めてだった。


「いや、私には全く知らないことで……」

江鳩は突然のことで動揺していた。

声は震え、言葉がうまく出てこなかったようだ。

顔は一瞬で真っ青になり、額に冷や汗がにじんでいた。


「私からご説明します――」

会場の視線が白鳥に集中した。

参加者は白鳥の発言を固唾を飲んで見守っている。


「入社一年目の新人がいるチームには大賞を与えないという、運営委員長である江鳩さんの意向がありました。

我々運営のメンバーは全員反対しましたが、運営委員長権限によりこの決定がくだされました。

これは議事録にも記載されています」


会場のざわつきが最高潮になった。


議事録の内容は社内では公的な文書として扱われる。

江鳩がこの議事録に対して異議を示さなかったことは、内容を承認したことになる。

おそらく、江鳩は確認をなおざりにしたのだろう。


「そんなことが許されると思っているのか!」

似鳥が江鳩に詰め寄った。


「そ、そんな……白鳥! 私はそんなこと言ってないぞ!」

江鳩は白鳥を睨みつけた。


白鳥は用意していた音声を再生した。スピーカーから運営会議と思われる会話が流れていた。


▶─────

『いいか、新人が増長するとよくないからな。イノベーション大賞は新人が入っていないチームから選べよ』

『えっ?』

『それは公平性に欠けるのではないでしょうか』

『デルタイノベーションは社内で最も権威のあるコンペだ。ぽっと出の新人が大賞を取ってしまったら、格が落ちるだろう』

『でも……それでは――』

『これは委員長による最終決定だ。異論は許さん』

─────🔈


白鳥が再生した音声は、景隆から渡されたICレコーダーに記録されたものだ。

景隆は柊のアドバイスにより、議事録の保険として用意していた。


議事録と証拠音声は、景隆と白鳥がプランBとして用意していたものだ。

プランAは江鳩の意向を阻止し、公正なコンペを開催することだったが、江鳩が頑なだったため、二人はプランBに移行した。


再び会場がざわついた。

その中で、鷺沼が大きく挙手した。


「はーい、我々のチームも辞退します。

我々は最後のアストラルテレコムチームに及ばなかったと思うので、大賞にふさわしくないと判断しましたー」

鷺沼はこの場の雰囲気をものともせずに明るく言い切った。


「あ、あの……うちも辞退します」

これを機に、発表者が続々と辞退を表明し始めた。


「江鳩ぉお!」

似鳥の怒りは最高潮に達した。

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