第31話 空中戦
「うわー、すごい人ですね」
鷹山はデルタオフィスの食堂に人だかりが出来ているのを見て言った。
鷹山は自分がその原因の一つであることを自覚していない。
デルタイノベーションの発表会、はデルタファイブ本社ビルの食堂で行われる。
食堂はオフィス内で最も広い空間で、社内の大きなイベントはほとんどここで開催される。
食堂はおしゃれな空間を演出しており、テレビドラマの撮影現場として使われることもあった。
「デルタイノベーションは回を重ねる度に大規模になりまして――」
イベント会場では、エンタープライズ部門を統括する
デルタファイブの組織は、大きくパーソナルコンピューティング部門とエンタープライズ部門の二つに分類される。
前者はコンシューマー向けのPCなどの製品を扱い、後者はビジネス向けのサーバーなど、システムに関する製品を扱っている。
日本国内の事業規模はエンタープライズ部門の比重がかなり大きく、この部門のトップである似鳥は国内では社長に次ぐナンバーツーといえる。
あいさつをしている似鳥の横には、イベント責任者の江鳩が立っていた。
アストラルテレコムの仕事を放置してまでこのイベントに入れ込んでいるのは、似鳥の覚えを良くするためだろう。
発表者と発表タイトルは事前に告知されている。
社内一の技術力がある鷺沼と、新人の中で一番人気が高い鷹山が参加していることから、かつてないほどの聴衆が集まった。
発表後は運営の選考により、イノベーション大賞が授与される。
事前予想では鷺沼がぶっちぎりの大本命であった。
「最後の発表になったけど緊張してない?」
「はい、私は初めてなので一番じゃなくてよかったです」
鷹山は泰然としていた。
(大物だな……内心では緊張しているのかもしれないけど、表には出ないだけでもすごい)
景隆も一度発表した経験があったが、そのときはガチガチになっていた。
発表順は一番目が鷺沼だった。
これは鷺沼であれば、どんな順番でもパフォーマンスが落ちないであろうという前提で決められた。
新人である鷹山が最後であるのは、プレッシャーをかけるという江鳩の意向が入っている。
発表順が恣意的に決められていることを運営以外の参加者は知らない。
***
「――このツールから割り出したカーネルパラメーターを設定すると――」
鷺沼の発表は、ハードウェアの増強なしに、既存のシステムの性能を上げる内容だった。
すでに顧客のシステムに採用され、ベンチマークでは2〜3割ほどパフォーマンスが上がっている。
「予想はしていましたけど、鷺沼さんすごいですね……」
かなり深い知識がないとできない内容で、鷺沼の技術力をまざまざと見せつけられた。
(この後の発表者が大変だな……)
聴衆の反応はすでに最高潮だ。
***
「みなさん! このサーバーの値段がいくらだと思いますか?……なんと! この車と同じ値段なんです!」
鷹山は、サーバーと高級車の写真を並べたスライドを見せながら言った。
鷹山の発表が始まって一枚目のスライドに、聴衆は大いに湧いた。
社内で人気がある鷹山であること、トリであることから、鷺沼と同じくらい――もしくはそれ以上の聴衆が集まっていた。
「この高級車が買えるくらいのサーバーの稼働率はこれしかないんですよ――」
示されたスライドには、サーバーが稼働している時間や使用率のグラフが表示されている。
鷹山はフィンガフローを使って、聴衆の反応を見ながらスライドを進めている。
身内の贔屓目ではあるが、景隆は鷹山のプレゼンテーションの技量が一番だと思われた。
「そこでこのサーバーを仮想化して、複数のシステムを稼働させることにしました」
スクリーンには、サーバーに複数のシステムが稼働しているダッシュボードが表示されていた。
鷹山は複数のシステムを一台のサーバーで動かすデモンストレーションをしていた。
ダッシュボードにはCPUやメモリの使用率が動的に表示されている。
鷹山が操作するたびに「おおっ!」という歓声が沸き起こっている。
「仮想化の実現にはOSSのツールを使って――」
これまでの発表では、社内またはパートナー製品が使われてきた。
外部のツールを活用した事例は、このチームだけだ。
鷺沼は「すごい」と言いながら、食いついている。
おそらく、発表後に彼女から突っ込んだ質問が来るだろう。
「この仮想化技術が評価され、アストラルテレコムさんから開発機と検証機をご購入いただきました」
営業と思われる聴衆が「おぉっ!」と反応していた。
デルタイノベーションはエンジニアが主体のイベントであるが、エンタープライズ部門に所属している社員であれば誰でも参加できる。
これまでは、販売実績がある発表はなかったため、この点でも差別化できるだろう。
「――以上です。ご清聴ありがとうございました」
発表が終わった瞬間に。「わぁっ」と歓声が上がり、拍手が鳴り響いた。
景隆の贔屓目なしでも、一番盛り上がったといえるだろう。
鷹山は感極まった表情をしている。
「では、質問に入ります。質問がある方は――」
「はい!」
司会の白鳥が言い終える前に、鷺沼が手を上げた。
「このOSSのツールですが――」
案の定、鷺沼の質問は技術的に難しい内容であった。
これは想定内だったため、鷹山の代わりに景隆が回答した。
「なるほど……では――」
景隆もこの分野ではかなり詳しくなっているため、鷺沼との質疑応答が空中戦となり、参加者の誰も理解できない内容になってきた。
「――ありがとうございます。お時間の都合もありますので、ほかの方のご質問を受け付けます」
業を煮やした白鳥が、途中で打ち切った。
これを皮切りに、参加者からの質問が次々と飛んできた。
***
質問者が後を絶たないため、白鳥が打ち切ることになった。
「すみません、最後に一言いいですか?」
景隆の発言に注目が集まった。
景隆は鷹山と白鳥に目で合図すると、二人はこくんと頷いた。
「我々アストラルテレコムチームはイノベーション大賞を辞退します」
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