第7話 ランチェスター戦略
「LMSってなんだ?」
「LMSはLearning Management Systemの略で、日本語では学習管理システムというんだ」
柊は新規案件として、LMSを作ると言った。
「どこかの学校に売り込むのか?」
「タレント養成所だ」
「ええっ!?」
柊が口にした相手先は、景隆の想像の斜め上だった。
「とりあえず、取引相手は置いといてくれ」
「いゃ、気になるだろ」
景隆はしぶしぶ保留にした。
「それで、LMSはeラーニングとは違うのか?」
「LMSはeラーニングを実現するためのプラットフォームだ。
eラーニングの裏側ではLMSが使われていると言っていい」
「Webサイトの裏側でWebフレームワークが使われている感じか」
「その認識でいい」
この時代は、eラーニングの黎明期だ。
柊が言うには、eラーニングの市場は発展途上であり、翔動のようなスタートアップ企業が参入する余地があるようだ。
「いずれは自社サービスでeラーニングのサービスを展開したいが、タレント養成所にベータテストをしてもらう形だ。
費用はしっかり取るけどな」
ベータテストとは、正式版の機能を一通り搭載した試用版をユーザーに提供することだ。
試用版をいち早く提供することで、問題点を洗い出したり、潜在的な要望を引き出せるなどの利点がある。
「で、そのLMSは完成しそうなのか?」
「要望は前から来ていて、それなりに形は整った状態ではある。
今日から石動にも開発に参加してほしい」
「俺にもできるのか?」
「お前は俺なんだけどな」
「まぁ、そうなんだが……」
「これから、石動景隆として二十ン年間培ってきた技術を伝授するよ」
柊は景隆にLMSの概要や仕組みを説明した。
「すごい、めっちゃわかりやすい……」
「お前に特化した教え方しているからな。
代わりに、今後は俺の知らないことを学んで、俺に教えてくれよ」
景隆がどこまで理解しており、どのような伝え方をすれば理解しやすいかを柊は熟知しているため、景隆は柊が伝えた内容を超吸水スポンジのように吸収できた。
「これは内緒だが、機械学習を使って生徒の評価をする機能を入れてある」
「機械学習?」
「わかりやすい表現にするとAI――人工知能だ」
この時代から、第三次AIブームが始まっているが、機械学習の用語が認知されるのは少し後になる。
「なんで内緒なんだ?」
「この時代には存在しないモデルを使っているんだ」
「未来の技術があると簡単に差別化できるな……チートだ……」
「使うのやめるか?」
「いゃ、使えよ!わかってんだろ?」
柊がいうには、未来には機械学習を利用するためのライブラリが多数あり、これを使えないことがすごく大変なようだ。
「機械学習は当面ブラックボックスで運用するが、LMSはオープンソースとしたい」
「え?せっかくのノウハウを公開しちゃうの?」
「公共性が高いソフトウェアはOSSにしたほうが、同じ志を持つ開発者が集まりやすいんだ。
うちは零細企業だから、開発にコストをかけられないし、オープンにすることで知名度を上げる効果もある」
OSSはオープンソースソフトウェアの略で、ソースコードを使用、調査、再利用、修正、拡張、再配布できるソフトウェアだ。
「なるほど、よく考えてるな。マネタイズはどうするんだ?」
「LMSはフレームワーク――つまり雛形なので、用途に応じて肉付けしていく必要がある。
開発力がない会社には、導入のサポートで費用をとる形にする。
現状は受託開発を引き受けるほど、営業力も開発体制もないからな」
「弱者なりの戦い方か……ランチェスター戦略っていうんだっけ?」
「あぁ、高性能の武器――この場合だと機械学習を局地戦に投入する」
ランチェスターの法則は戦争における生存人数を数式化したものだが、マーケティングの文脈ではランチェスター戦略とも言われる。
「まぁ、完成までにまだちょっとかかりそうなんだが、助っ人を呼びたい」
「助っ人?誰かを雇うのか?」
「今の会社には人を雇うほどの余力がないので、業務委託でやってもらう形だ。
会社を経営していくうえで、固定費を下げることは重要なんだ」
「なるほど、だからオフィスも用意しなかったんだな」
「従業員を正規雇用するとなると、社会保険を会社が半額負担する必要があるんだ。
日本は解雇規制が厳しいので、一度雇ってしまうと辞めてもらうのが非常に難しい」
「だから派遣社員がやたら多いんだな」
「将来は雇用の流動性が高くなって、転職しやすくなっているにもかかわらず、解雇規制が厳しいままだ。
それで、会社には使えない年寄りが高額な給料をもらったまま居座っている状況だ」
「ひどいな……なんで法制度が変わらないんだ?」
「会社員の首を切りやすくします!って公約じゃ選挙には勝てないだろ」
「確かに……」
「とはいえ、優秀な人材であれば従業員として囲い込みたい。
今回お願いするのは、それだけの人物だ」
「そんなにすごいのか?!」
「あぁ、素質でいったら鷺沼さん以上だ」
「マジか!」
鷺沼は景隆の先輩で、片思いの相手でもある。
エンジニアとしてかなり豊富な知識があり、景隆は彼女に師事してもらったことを幸運に思っている。
「今はサイバーフュージョンって会社にいるんだけど、引き抜くなら会社がそれ以上の給料を出せるようになってからだな」
「いつになるんだろうな……」
景隆は会社に大勢の社員がいる光景を想像しようと思ったが、今の状況からは荒唐無稽に思えた。
「話をタレント養成所に戻すが、お前に会ってほしい人物がいる。
柊翔太の中身が石動景隆だと知っている人物だ」
「ええぇっ!」
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