第3話 見知らぬ、体

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本エピソードのは「芸能界に全く興味のない俺が、人気女優と絡んでしまった件について」の第36-37話と同じ内容を含みます

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石動景隆いするぎかげたかが目を覚ました場所は、知らない部屋だった。


(ここは……どこだ?)


ゆっくりと意識が戻ってきた景隆は、白い天井と消毒液の匂いに包まれた病室の中にいることに気づいた。

景隆は手首に痛みを感じた。

自分の手首に縫合された跡があり、深刻な状況であることが伺えた。

(これ、自分の手じゃないような……)


!気がついたの!」

病室に入ってきた、自分より年上と思われる女性が声をかけてきた。

状況的に親しい人だと思われるが――


「どなた……ですか?」

そう言わざるを得なかった。


「――っ!」

女性は引きつった顔に変わった。


「翔太?あなたは何があったか覚えている?」

景隆は思い出そうとするが、直近の記憶が出てこない。


「あの、私は誰ですか?」

「翔太、もしかして――」

相手の反応は予想通りだったが、こう言わざるを得なかった。

女性が自分に対して呼んでいる名前と、自分が認識している名前が違うのだ。


一刻も早く状況を確認したかった景隆は、鏡で自分の顔を確認して――驚愕した。

(えええ?!!!)


明らかに自分の顔ではない。

自分よりも、二十歳くらい若いと推定される。

この状況をこのまま説明すると、大変な混乱を招くことは容易に想定できた。


「どうやら記憶がないようです。

すいません、あなたと私のことを教えてください」

逡巡した結果、こう答えるのが最適解に思えた。


女性は柊昌子ひいらぎまさこと名乗った。

自分の名前は柊翔太ひいらぎしょうただと言った。

さすがに、この状態で自分は「石動景隆です」とは言えなかった。


昌子はすぐに医師を呼び、景隆はいくつかの検査や問診などを受けた。

医師が言うには、脳への酸素供給不足による脳障害の可能性があり、意識障害の後遺症の一種ではないかという見解だった。


について、詳しい情報を知りたかったため、昌子に確認したところ、携帯電話を渡された。


(ガラケーだ……懐かしい……え?!)

幸いなことに、携帯電話はロックがかかっていなかったため、操作を行えたが――

景隆が認識している日付よりも二十年くらい前だった。


最後の記憶が具体的に西暦何年かと言われると曖昧だ――記憶喪失ということは嘘ではないことになる。

当然、柊翔太としての記憶は全くない。


昌子からの連絡で、柊翔太の父である翔平しょうへいが病室に入ってきた。

姉のあおは東京にいるため、すぐには来られないらしい。

(ん?東京?)

景隆の記憶では自分はずっと東京に住んでいたはずだ。


「すみません、ここはどこですか?」

「「!!」」

記憶がないと、わかっていながらもショックを受けてしまうらしい。

これについては申し訳ないが、状況が整理できるまで慣れてもらうしかない。


「ここは仙台にある病院だよ。

私と母さんは近くに住んでいるんだ」

翔平が優しく言った。

両親の反応を見る限り、ネガティブな関係ではなさそうで、一安心した。


景隆は自分が柊翔太であるという前提で、自分の状況を伝えた。

「あ、あの……自分のことは全然思い出せないのですが、会話をしたり文字を読んだりはできそうです」


両親は落胆しながらも、ほっとしたような表情を見せた。

柊翔太に辛い出来事があり、自殺を図ったのだろうと推察した。

ほっとしたように見えたのは、そのことを蒸し返したくないのだろう。


その後、医師と両親とで相談し、無理に記憶を戻そうとはせずに経過を見守りつつ、生活ができるようリハビリを続けることになった。


「翔太これは何?」

昌子が板状のものを景隆に渡しながら言った。

「――っ!!!」

景隆はあまりの衝撃に大声を出しそうになり、寸前で堪えた。

これは、ここに存在するはずのないものであった。


***


病院でのリハビリを終えた後、景隆は退院できることになり、実家に戻ることになった。

柊翔太は実家から大学へ通っていたようだ。

景隆は柊翔太の部屋へ案内された。


ここに至るまで、両親から柊翔太のことを可能な範囲で聞き出した。

会話の中では、自傷行為をした理由についてはお互いに避けるようにした。


彼は仙台の大学の4年生であり、すでに卒業する資格を有している。

地元企業への就職先も決まっているようだ。


交友関係はほどほどにあり、ぼっちではなかったらしい。

交際相手はいないらしいが、両親に隠している可能性はある。

しかし、携帯電話にはそれらしいものはなかった。


景隆は、自室にあったPCを操作した。

ログインパスワードがかかっていたが、景隆にとってはディスクが暗号化されていない限りは突破可能だ。


景隆は「ごめんな」と言いながら、PCのデータを確認した。

傍から見ると全く問題ない行為であるが、景隆の主観では他人のプライバシーを覗くことになる。


真っ先に電子メールの内容を確認した。

パスワードが保存されていたため、大抵のサービスにはログインできた。

「メールマガジン、就職活動、大学の連絡事項……」

メールの内容はありふれたものだった、携帯電話のメールは事前に確認済みだが、友人との連絡用に使われていた。


次に、日記のようなものがないか、拡張子を絞ってファイルを検索してみた。

大学のレポートのようなものはあったが、彼は日記をつけるタイプではないようだ。

ブラウザーの履歴も追ってみたが、何らかの記録を付けるようなWebサイトにはアクセスしていなかった。


「さて、これからどうするか――」


引き続き、石動景隆としての人生を歩むのはどう考えても無理そうだ。

この時代でも、もとの時代でも、時間を超えて人格が入れ替わったという事例は存在しない。

SFに詳しい人に聞けば何らかの見解は得られそうだが、いずれにしても誰かに状況を話して解決できる問題ではないだろう。


として、生きていくしかないな」

そう結論づけた。


しかし、そうなると問題が二つある。

一つ目は、このまま仙台の会社に就職すると、柊翔太の知り合いに遭遇する可能性が高い。

入手できた情報をもとに、彼を装ってその知り合いと会話するのは難しいだろう。


二つ目は、柊翔太が自殺未遂(と推定)をした要因と遭遇したときに、何らかのトラブルになる可能性が高い。

おそらく、これは彼の記憶があったとしても解決が極めて難しい問題だろう。


熟慮を重ねた結果、ここ仙台ではない環境で、新たな人間関係を構築していくのが最適だと判断した。


「就職先を探すか」

幸いなことに、大学生の春休みは長い。

就職活動期間は終わっているが、東京の企業であれば人材を募集している可能性が高い。

給料が高い人気企業は無理だが、仕事を選ばなければ何かしらの就職先は見つかるだろう。

景隆の人生経験を考慮すると、IT関連の仕事がやりやすいだろう、となると――


景隆は、両親に東京の会社に就職し、一人暮らしをしたい旨を伝えた。

両親からは、当面は姉である蒼から生活の支援を受けるという条件付きで承諾が得られた。


***


「――ということがあって、アクシススタッフに入社し、今に至ります」


柊が語った内容は、景隆の想像をはるかに超えていて、荒唐無稽だった。


「にわかには信じがたい内容ですが……」

景隆はそう言ってみたものの、妙な説得力があった。

自分を納得させるには、どう言えばよいか――すべてを見透かされたような印象を受けた。


「なんなら、石動さんの今の好きな人を言いましょうか?

先輩であり、師匠でもある――」

「わー! わー! 参りました!」


柊は今、一番景隆がバラされたくない情報を出してきた。


「それで、柊さんは何がお望みなんですか?」

「もし、俺が本当に未来人だとしたら、やりたいことがあるんじゃないですか?」


柊はすべてを見透かしたように言い切った。

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