第17話 墓参り

「ただいま。ローラは起きているか?」

 ハロルドに問いかけるブラッド様の声が聞こえた。

「ブラッド、今日は突然おしかけてしまって、ごめんなさい」

「いや、私も心の準備が出来ていなくてあのような態度をとってしまった。申し訳なかった」


 ブラッド様は微笑んだが、やはり元気がない。

「ジンジャークッキーはお嫌いでしたか?」

 私はおずおずとブラッド様に尋ねる。

「いや、好物なのだが。……妹の大好物でもあったから、少々思い出してしまって」


 すこし悲しそうな笑みを浮かべたブラッド様は私の頬を指先で撫でた。

「ごめんなさい。そうだったのですね。私ったら、何も知らずに……」

 そういえば、ハロルドが何か言おうとしていたことを思い出した。このことだったのね、と私は舌打ちしたい気持ちになった。


「明日は休みだ。せっかくだから、妹の墓前に供えに行こう。ローラも来るか?」

「いいの? ブラッド?」

「ああ。妹に結婚の報告もしたいしな」

 ブラッド様は私にジンジャークッキーを用意しておいてほしいと言った。


 翌朝、窓から外を見ると良く晴れていた。


 朝食を食べに食堂に行くと、ブラッド様が紅茶を飲んでいた。

「おはようございます、ブラッド」

「おはよう、ローラ」


 ブラッド様の目が少し赤いように見えた。

「眠れなかったのですか?」

「まあ、大したことではない」

 ブラッド様は目を伏せ、また紅茶を一口飲んだ。


 朝食を済ませるとブラッドは私に尋ねた。

「少ししたら墓参りに行こうと思うが、準備はできるか?」

「はい」

 私は外出の準備を整え、昨日のジンジャークッキーを持った。


「用意が出来ました」

「それじゃあ、行こう」

 ブラッド様はハロルドに墓参りに行くと言い、花束を持って外へ出た。

 馬車に乗る。教会の近くの墓地に着くとブラッド様は言った。

「降りよう」


 ブラッド様が先に馬車を降り、私の手を取ってくれた。

 墓地は綺麗に掃除してあり、思っていたより明るかった。

「こちらだ」

 ブラッド様について歩く。


 天使の像が飾られたお墓の前で、ブラッド様が立ち止まった。

「ここだ」

 ブラッド様は花束を墓前に供え、天使の像に向かって話しかけた。

「……リリア、久しぶりだな。今日は妻のローラを連れてきたぞ」


「ブラッド、これ……」

 私がジンジャークッキーをブラッド様に渡すと、ブラッド様はそれを花束の脇に供えた。

「リリアの好きなジンジャークッキーだ。懐かしいだろう?」

 ブラッド様は優しい微笑を浮かべて、天使の像の奥を見ているように思えた。


「リリア様、ローラと申します。私たちをお見守りください」

 私も両手を組み天使の像に祈りをささげた。


「それでは、戻ろう」

「はい」

 私たちは馬車に乗り、屋敷に帰ることにした。

 屋敷に着き、普段着に着替える。私はブラッド様に声をかけた。

「お茶の時間にしませんか?」

「いいな」


 ハロルドにお茶の準備を頼む。私は残っているジンジャークッキーも出すようにハロルドに頼んだ。

「ブラッド、お茶の用意ができたわ」

「ああ、今行く」


 ブラッド様は紅茶にたっぷりミルクを入れた。

「ジンジャークッキーを食べる時は、ミルクティーを合わせるのが好きなんだ」

「可愛らしい」

 私が思わず言うと、ブラッド様は少し頬を赤らめた。


 ジンジャークッキーをかじり、ミルクティーを飲んだブラッド様はため息をついた。

「……もう10年くらい食べていなかった。懐かしい味だ」

 柔らかく微笑むブラッド様を見て、私は胸をなでおろした。つらい記憶ばかりではなさそうだ。

「私もいただきます。……あら? 少し焦げているかしら?」

 ブラッド様は眉を寄せる私の手を取り、指先に口づけした。


「美味しいよ。ありがとう。きっと妹も喜んでいる」

「よかった」

 私は紅茶を飲んで、ブラッド様の目を見つめた。


 ブラッド様は私の目を見つめ返し、私の手を優しく握った。

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