第17話 安楽死に関して

 物心がついた頃から、俺は周りに馴染むのがとても苦手な子供だった。幼い頃、ずっと母や姉や妹のそばにいた。父はヤクザみたいな性格で当時の幼い俺にとっては恐怖の対象でしかなかった。(父とは大人になってから仲良くなれた)


 外に出ると、俺があまりに喋らなくて消極的なものだから、「あの子は病気なの?」と言われたりした事が何度もあった。ショックを受けたから今もその時のシチュエーションをはっきり覚えている。ガキの頃の夏休みのプールだった。姉の同級生だった男子に言われた。「お前の弟なにも喋らねえな。病気かよ」みたいな事をそいつは言っていた。


 ガキの頃から俺は生きづらさを感じていた。


 集団からいつも、はぐれていた。中学や高校生からは1人でいる事が多い人生だった。


「あの子は病気なんだよ。だからほっとこ」


 実際、俺は病気だったし、発達障害者だった。それを知ったのは随分後になってからだったが。俺は脳の機能に異常がある。どうせならロボトミー手術してくれと思う事もある。今でも一応、制度的にはロボトミー手術を受ける事はできるらしいが、そもそも執刀医がいない。あと仮にロボトミー手術を受けたとしても感情は残る。実際に日本ではロボトミー手術を受けさせられた男性が、医者を恨んで、その家族を殺害した事件がある。


「日本 ロボトミー手術 事件」とかのワードで検索すれば、その手術に関してのWikipedia記事が出てくると思う。


「生きてるだけで偉い」という言葉を成功者に軽々しく言われると、俺はなんとも言えない気分になり、精神状態によってはそいつに対してめちゃくちゃ腹が立つ。「お前は生きる事くらいしかできないゴミ。他の事は何一つできない存在だ」と遠回しに言われてるような気分になるからだ。(それは俺の被害妄想が一時的に激しすぎるだけだと思う)


 もう、どうでもいい。世の中と真剣に向き合いたくない。


 俺は絶対に犯罪をしないし、人も殺さないし、薬物もやらないし、飲酒運転もやらないと誓うし、死ぬ時も極力他人に迷惑を掛けない方法で消えるから、俺の事はほっといてくれ。別に俺だってなりたくて病気とか障害者になりたかったわけじゃない。社会に理不尽な迷惑は掛けたくない。


 俺だってもうそっち(社会)の邪魔はしないから、そっちも俺の邪魔をするのはやめてくれ。


 っていう想いを、社会に対して密かに抱いている。


 昔の会社の上司が俺に「お前なんかここを辞めたら他の会社では犬・猫の扱いすらされないよ」と言ったが、現状、俺は犬や猫にすらなれていない。


 というか、その発言は犬とか猫に失礼だろ。


 俺は社会の底辺だ。ルサンチマンを抱えている自覚がある。だけどそのルサンチマンをそのまま社会にぶつけるほどアホではない。


 数年前に新幹線の車内で無差別殺人をしたKって人も、俺と同じASDという障害を持っていた。そいつはアホだったから、あんなクソみたいな犯罪をした。裁判で無期懲役を言い渡されたKは、あろう事かその場で万歳三唱をした。


 刑務所送りになる事がどれほど辛い事なのか、Kは全くわかっていなかったように見えた。あんな奴がチンピラとかヤクザとか半グレばかりの刑務所に入ったら常にいじめられるのがオチだ。


 風の噂では、今のKは狂ってしまっていて、自分の体にうんこを塗りたくってるような状態らしい。ネットで聞いた話だから信憑性は無いが。


 少なくとも、俺は犯罪だけはしない。


 俺が犯罪者になったことで悲しむ人がこの世に1人でもいるなら、俺はその人を悲しませない為に穏便にタバコと酒とロックだけで生きて行く。俺の生きる道はそれしか無い。


 ◆


 俺の生きづらさの根源が「絶対に治せない脳の障害」である以上、俺が救われる方法も無い。安楽死が仮に導入されたとしても、身体障害の人に比べて精神障害の人の審査はほとんど通らない。


 スイスやカナダ、オランダなどの国は安楽死がだいぶ普及している。


 俺の親戚のおばさんがALSという国指定の難病に罹患しているが、ALSの患者の安楽死も海外では認められている。日本では全く認められていない。


 ALSとは「筋萎縮性側索硬化症」という病気で、全身の筋肉が時間経過と共にどんどん硬直していって、最終的には呼吸する為の筋肉も動かせなくなって死んでいく病気だ。


 現在、ALSの治療法は何一つとして存在しない。


 体を動かすのに必要な筋肉が徐々に痩せていき、力が入らなくなる。歩行もできなくなるし、声も出せなくなる。昨日は出来ていたことが今日は出来なくなる。


 それでいて脳の思考能力は落ちない。だから、最期に近づくにつれて、植物状態のような感じになる。


 ALSになる具体的な原因は全く分かっていないらしい。


 子供の頃、その親戚のおばさんには良くしてもらった。


 ALS発症からの余命は3〜5年と言われている。


 その上24時間の介護が必要になる。


 もちろん1番苦しいのは当事者だが、それを介護する家族も苦しいはず。


 俺はALSに関する本を読んだり、ドキュメント動画を見たりして知識を深めた。俺がその親戚のおばさんに対してできる事は正直何も無い。俺の親戚のALS患者の女性は、多大なる苦しみと向き合いながら、死に向かって行くことしかできない。


 そういう人に対しては安楽死を認めてあげてほしいと思ってしまう。難病が良化する可能性が1パーセントでもあるなら、まだいい。でもALSという病はその1%の淡い可能性すら存在しない。100%死に向かって筋肉が動かせなくなるだけだ。脳の機能もだんだんおかしくなっていく。


 安楽死は、日本でももっと議論されるべきだと思う。この世に自分の意思で生まれてくる自由は無いのに、自分の意思で死ぬ自由が無いのは歪・不健全だと思う。


 でも、世の中で安楽死が当たり前のように浸透しすぎると、学校や会社の中のいじめの中で「おまえ早く安楽死しろよ」みたいな感じになりそう。本来死ぬべきでない人が死んでしまうかもしれない。


 あと上級国民(ちなみに俺はこの言葉が好きではない)の人たちは、底辺層が楽に死を選ぶ事ができるようになったら困ると思う。


 言い方はかなり悪いが、“奴隷”が世の中から減ったら上の人間が困る。


 俺は頭が悪いから、安楽死制度の導入が日本にもたらすメリット・デメリットを理路整然と語る事はできないが、noteとかで安楽死の記事を書いてる人を調べてみると、とても知的な文章で書いてる人が出てくるから、もしよかったら調べてみて下さい。


 安楽死制度が導入されたとしても、俺みたいな精神障害者は審査が難しい。俺の親戚のおばちゃんみたいな身体障害の人が優先されると思う。どの国もそうだし。


 カナダでも、精神障害者の安楽死が認められるようになったのは、つい去年か一昨年の事だ。





 次回に続く

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