第2話 出会いの章
「世話ぁかけて申し訳ない。お陰で助かりました」
街道から外れた細い道の脇、苔むした丸太の上に腰を下ろす二つの影がある。元々が付近の住人が利用するだけの道だ。近くを流れる川から藪を抜け、獣道よりはましという程度のそれは、それでも日頃ならもう少しは人の往来があるのだが、今は彼等以外見当たらない。
実直そうに頭を下げた若い男は、身に付けた衣類から、近隣の里に住んでいる者だろうと知れた。後頭部の中ほどで一つに纏められた長い黒髪が、細く引き締まった背で風に揺れる。その顔をよく見れば、きりりと涼し気な目元と通った鼻筋の、中々の色男だ。
一方、もうひとりの人物は、実に奇妙な風貌だった。薄っすらと笑みを浮かべた細面の顔は、木彫りの面の様にのっぺりとしていて、座っていても判る程ひょろりとした体形は、一見、年齢どころか男か女かも判らない。旅装束から覗く腕や脚にはしっかりと布が巻かれており、恐らく顔や手足の指先以外、全身そうなっていることが容易に想像がつく。
そして、旅装束から漂う樟脳のにおい。
「とんでもございません、お気になさらず。何せ、売る程薬の持ち合わせはございますから」
奇妙な人物はそう言うと、掌程の小箱とさらし布を足元の柳行李に仕舞い、思いの外朗らかに笑った。吹き抜ける風を思わせる不思議な響きの声は、風貌以上に異質さが際立っていたが、若者が気にしたのはそれよりも言葉の内容の方だった。
「や、あんたさん、薬売りか」
若者は慌てて己の身体のあちこちを弄り始めた。次には脇に置いている使い込まれた道具袋を漁り、
「本当に申し訳ない。生憎持ち合わせがなくて……俺はこの先の里の
「これ位、お代は結構でございますよ。それより、もう暫くは動かない方がようございます。止血をしたとはいえ、決して浅い傷ではございませんから」
若者は膝に広げた道具をしまいながら、隣に座る人物にきっぱりと言った。
「けど、あんたさんの商売道具を減らしちまった訳だろ? 血も直ぐに止まったし、痛みも殆ど治まった。こんな凄い薬、やっぱり、只って訳にゃいかんよ」
生真面目な言葉に、薬売りは飄々と、
「それでは、こういたしましょう。わたくしは貴方様に、薬ではなく恩をお売りしました。それに見合うと思う恩を、いずれ貴方様の前でお困りの何方かにお支払いして下さいませ。そしてその方に、いずれ何方かに恩をお支払いするようお伝え下さい。ご縁あれば廻り廻って、やがてわたくしに返って来ることもございましょう。それも商いというものでございます」
若者は真顔で大きく頷いた。
「分かりました、必ずそうします。俺、『
「わたくしは『クスノキのりん』と申します。りん、とお呼びくださいませ」
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