第1話 翁の章 一

 はあ、それはそれは、遠くからご苦労さんなこって。とっ散らかってても良けりゃあ、雨が上がるまでゆっくりしておくんなさい。


 要らん要らん、そんなもの仕舞っとくれ。儂は細工師でな、こう見えて、まだまだ食ってけるくらいの腕はあるんだ。仕事以外で金子なんぞ受け取ったら、死んだ爺様に叱られちまう。


 ああ済まん、あんたさんを笑った訳じゃないんだ。あんたさん見てたら、儂がまだ童の頃、爺様がしてくれた話を思い出してなぁ。


 あんたさんと同じ薬屋の話さ。爺様がまだ若い頃、こっから遠く離れた里で暮らしてた時に出会ったんだと。山道で怪我して難儀してた所に、偶々通りすがったお人が居てな。それが旅の薬売りでな、大事な売り物の薬を分けてくれたんだとさ。


 ……あちち、ほれ、白湯でもおあがり。悪いが、独り暮らしなもんで、碌なもてなしも出来んが。連れ合いとおっ母は、四年前に流行り病でぽっくり逝っちまってな。あんたさん、来るのがちいと遅かったな……いや済まん、笑えん軽口を言っちまった。気ぃ悪くしないどくれ。

 

 なに、娘の嫁ぎ先は無事だったようだからな、爺様交えて三人で、あの世で胸を撫で下ろしとるだろうよ。


 爺様? そうそう、儂と同じ細工師でな……何で里を出たかは聞いとらん。何度聞いても教えてくれんかった。まあ、教えてはくれんかったけど、懐かしそうな顔はしとったからな、悪さをして追ん出されたとかじゃなかったんだろ。


 へえへえ、そりゃ構わんけども、こんな年寄りの昔話、若い者には面白くは無いんじゃあないかい。それに、爺様はあんまり口の多い方じゃなかったし、儂が独り立ちする前には死んじまったからな、詳しいことは本当に知らんよ。おっ母も、爺様の若い頃のこたぁ聞かされてなかったみたいでな。


 そうかい。まあ、退屈しのぎ位にはなるといいが。それじゃあ、聞いとくれ。

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