第47話 『覗き見る深愛』と『溢れ出す狂気』





 私が帰宅したのは、日付が変わった後の夜中だった。

 玄関を開け寝室に入ると、見慣れた影がベットに横たわっているのが目に入る。



「サクラ……?」


「……zzZ」



 その安らかな寝顔に目を向けた瞬間――



「やっと帰ってきたか。朔月のムーノ。」


「!?!?」



 全く気づかなかった……声を掛けられるまで、気配すら感じ取れなかった。

 振り向くと、そこには髪色を緑と薄紫に変えた二人の神が立っていた。



「どうしてサクラが……うちに?」


「結論から言うと、彼女が神の術を破りかけたからよ。全力でなかったとはいえね。」


「僕のマインドコントロールを、君への思いだけで攻略しかけてね?やむ負えず気絶させた。」


「ど、どういうことですか?」



 神々の術をサクラが破りかけただって?

 思いの力とかどうこうで突破できるものなの……?そんなことが本当に可能なのだろうか?

 サクラからの愛情は十分感じていたけれど、ここまでとは思いもしなかった。



「正直、大切な親友とか、そういう次元の感情じゃないわ。およそ人間の時間軸で持てる範囲を超えているのよ。」


「君にとっても彼女は特別だろうけど……彼女の君への想いは、正直異常と言えるレベルだよ。」


「サクラ……」



 どうしてそんなに私の事......一体あなたにとって私は何なの?一体過去に何があったのだろうか?

 その理由がわからない自分が、サクラに対して何も返せない自分が、ひどくもどかしい。

 そんな不安とサクラへの心配が私の心を支配した。



「彼女、自力であなたの家の位置を思い出して、事実確認に来たのよ?だから気絶させた。記憶では『家に君がいるか確認しようと訪れたが、意識を失った』という風になってるから合わせてね?」


「まぁ玉貫は君を自分の目で確認しない限り、帰らないだろうね?」


「今日は……抱きしめて一緒に寝ます。今度は私がサクラを守ります。」


「そうするといい。彼女はその能力の影響もあって、自分の生死をあまり重視していないようだから。」



 確かに、サクラは過去に戻る力を持っている。

 私を死の運命から救うためなら、自分の命など簡単に投げ捨てるだろう。

 だけど私は、彼女に死んでほしくない。何よりも自分の命を軽視してほしくない。



 サクラは何度も「私が死んだ」と言ったが.......

 それはつまり、サクラ自身も同じ回数だけ命を落としているということだ。


 私を二度と死なせたくないのと同じように......私もサクラを二度と死なせたくはない。

 サクラのためなら私は――



「お二人は……互いのために死ねますか?」


「無理よ。だって私たちは、片方が死んだらもう片方も消滅する存在だもの。」


「ちょっ!?何言ってんだよルシア? それは絶対バラしたらダメだろ!?」


「え……?」



 片方が死ねば、もう片方も消える……?それはどういうこと?

 そんな......そんな弱点を抱えらがら、神々の世界で生き残れるものなの?


 言われてみれば彼らの行動の端々に、確かにその鱗片を感じることがあった。どんな時も二人で行動し、離れることがない。

 動作、思考、行動の細部に至るまで、互いが共にいることを前提に練り上げられている。


 どれほど長い時を愛し合えば、そんな関係が築けるのだろうか.......



「あなたたちから見たら、私たちは神に見えるかもしれない。でもね?私はただルークの傍にいられればそれでいいの。最悪、蟻でもゴキブリでもいい……片割れじゃなくたってもいいの。」


「片割れであることが、嫌になったことはないんですか?」


「いつも後悔してるわよ?私のせいでルークが死ぬかもしれない。怖くて仕方がない.......残酷でしょ? 私......片割れじゃなくても彼を愛せるのに――」


「……ッ」



 彼女の言葉に、あの日渋谷で僅かに垣間見た深い愛情が重なる。

 この人は私とは違う.......彼らは自分の弱さを認め、受け入れた上で生きている。

『神』......今まで漠然とした遠い存在だった彼らと、私は通じ合える気がしてきた。



「元々もう少しツンツンしてんだけどね......ちょっと今、弱ってるみたいで。」


「仕方ないでしょ。冷静を装うのでやっとなの......」


「何かあったんですか?」


「それは言えない。」



 彼はそれだけを言うと踵を返し、玄関の方へ歩いていく。

 どうやら普通に歩いて自宅?に戻るようだ。そもそもどこに住んでいるの???


「今日は……本当にありがとうございました。」


「……あ、そうだ。あの発言は撤回するよ。」


「え……?」


「ガッカリと言ったのは撤回する。理由は言えないけど.......期待してる。」


「――ッ!?」



 その言葉を最後に……二人は私の自宅から去っていった。


 心の奥底から溢れ出した喜びが、全身を支配していた。

 胸が熱く、脈拍が早鐘のように鳴り響く.......鳥肌が立ち、体が小刻みに震える。

 指先にさえ力がこもらず、ただ震え続ける自分に狂気を感じる。


「期待している」.......そのたった一言が、これまでの不足感を塗り替えていく。

 瞳には眩しいほどの輝きが宿り、それが頬を伝う熱い涙となって流れ落ちる。

 心が満たされていく.......だけど、心のどこかで戸惑いも生じていた。


 これが自分なのか?こんなに喜んでいいのか?

 一筋の光が、長い闇の中に差し込んだような感覚だった。


 ――でも今の私は多分.......サクラと共にいる時の私とは、対極に位置している。



「サクラ……私はどうしたらいいの?」


「……zzZ」


「人でいるべきなの?それとも狂気に身を委ねるべきなの?」



 意識の深いところに沈んでいるサクラは答えない。

 どちらを選んでも、私はどこかで満たされ、幸福を感じるのだろう。

 だからこそ私がどちらであるべきなのかが、全く判断できない。



「私は一体……誰なの?人類の希望ムーノ?それとも人間の月乃?」



 出ない答えを求めるように、私はサクラにしがみついた。

 サクラの温もりを感じた瞬間、私は自分が「人間」であることを強く実感した。


 結局、彼女の温もりを全身で感じながら......私は眠りにつくことにした――








 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆★★★☆☆☆☆☆☆☆☆☆★★★


 どうもこんにちわ。G.なぎさです!

 ここまで読んでくださりありがとうございます!


 『一人の人間』と『人類の希望』の間で揺れ動く月乃。

 彼女を人に繋ぎとめているのは間違いなく、サクラであった......


 選択の末に月乃が選ぶのは、人か?それとも......?


 面白い、続きが気になる!と思った方は【応援】や【レビュー】をくれると超嬉しいです!!


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