ある鬼の話 七
:
奇術に関する内容は、姫に一部だけ聞いたことがあった。鬼は人の姿を借りて身を潜めながら、その情報だけを頼りに時を戻そうとした。
一度目は支配の奇術の子を食らっただけでは失敗した。儀式を成功させるために必要なものは他にあるというのをその時知った。
支配の奇術だけでなく他の奇術の情報も集めた。増幅の奇術を使えば一時的に支配の奇術の有効範囲を広げることができると書かれていた。千年以上も前に戻るためには、増幅の奇術の持ち主が必須であるらしかった。
鬼は長い時間をかけて準備を進めた。
月宮家に取り入りやすいであろう、財力を持った藤山家の長男を食い殺し、彼を模倣してその屋敷に居座った。
仲間を増やし、増幅の奇術の持ち主を捜しながら、支配の奇術の家系――月宮家に生まれた娘を確実に手懐けようとした。
――鬼にとっての一つ目の誤算は、月宮家の娘の顔が、まるで生き写しのように、鬼が恋をした姫に似ていたことだった。
初めてその目で月宮家の新しい娘を見た時、ひどく狼狽した。同じ月宮の血を引いているとはいえ、あの姫と瓜二つと言えるほどに似ている人物は初めてだった。
その笑顔を見るたびに胸がざわついた。過去の罪を蒸し返されるようで嫌な心地がした。鬼は、同じ家にいながら月宮家の娘を避けるように生活した。
本当は、面倒なことは全て藤山家の次男にやらせるつもりだった。月宮家の娘との間に子を作らせる役割は全て次男に押し付けていた。異種族である鬼との子では効果があるか分からなかったからだ。
しかしある時、その次男が子作りだけは無理だと言い出した。曰く彼は同性にしか心を動かされない性質であり、女性を前にするとどうしても夜のことが成功しないのだという。
鬼は肝心なところで役に立たない次男に呆れ果て、自ら手を下すことにした。
支配の奇術の持ち主に警戒され、敵に回すのは厄介だ。鬼は月宮の娘を、不義を口実に牢獄に入れ、これから起こす儀式を止められぬようにした。
――鬼にとっての二つ目の誤算は、牢獄から預かった子をすぐに殺せなかったことだった。
運ばれてきた子を見た途端に涙が出た。あの姫に瓜二つの娘と、自分の間の子。他の男との子ではない存在。それは千年以上前、鬼が望んでも手に入れられなかったものだ。その事実が鬼に躊躇いを生ませた。
さっさと儀式を済ませてしまえばよかったものを、月宮の娘の刑期が終わり、危険因子がいよいよ外に出てくるという時まで、鬼は己の子を殺すことができなかった。
増幅の奇術の持ち主である女性はあらかじめ食っていた。増幅の奇術は既に鬼の中にあるはずだった。
儀式の準備をしたことで鬼を怪しんだ女中のことはすぐに殺した。止めに入ろうとした家の両親も殺した。屋敷にいた全ての人間を食い殺した。もう用済みである仲間の鬼でさえ殺した。しかし我が子だけが最後まで残ってしまった。
鬼は我が子を食う時、涙を流した。
しかしそれほどの犠牲を払っても儀式は成功しなかった。
何故成功しないのか。やはり鬼との間の子では駄目だったのか。しかし体は完全に模倣しているし、鬼と人との子など他にごまんといて、その子供たちは人として生きることができている。
鬼は、何か誤りがあったのではないかと思考を巡らせた。
月宮家の血筋は代々見守ってきた。
では増幅の奇術の持ち主の家系を見誤ったか。そんなはずはない。であれば。
(まさか、増幅の奇術は既に他の者に継承されている……?)
気付いた時にはもう遅く、世界は歪み、鬼が散々恐れていた支配の奇術の持ち主の手によって、時は七年前に遡ろうとしていた。
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