第4話 シルヴィーの固有スキル
「今日もきてるわよ、あの貧乏冒険者」
ドリンクをとりに店の奥へ行くと、ルネにそう言われた。
貧乏冒険者、というのはリュカのことである。
オープン日に全財産を使い尽くしてからも、リュカは毎日来店している。しかし金がないため、朝から晩までドリンク一杯でねばっているという迷惑ぶりだ。
「さすがにもう一杯くらい頼ませなさいよ」
ルネの指摘はもっともだ。
でも、本当に貧乏っぽいから、煽るのも気が引けるのよね……。
◆
「旦那さま。お水をお持ちしました。そろそろ、なにか他の物もご用意しましょうか?」
にっこりと笑いかけると、リュカは一瞬顔を輝かせたが、すぐに気まずそうな顔になった。
「……じゃあ、レモン水を一杯お願い」
レモン水は、フルールで最も安いメニューである。
「分かりました。旦那さま、ちょっと待ってくださいね」
奥に戻り、レモン水を持ってリュカのもとへ戻る。リュカはなにやら紙の束を眺めていた。
「旦那さま、それは?」
「……じいちゃんに押しつけられた。金貸してやってるんだから、働けって。これはじいちゃんが見つけてきた仕事の一覧」
紙には、いろいろな仕事が書かれていた。失せ物探しや草刈りといった雑用から魔物討伐まで幅広い。
冒険者は基本的に、冒険者ギルドに依頼された仕事の中から好きな仕事を選ぶ。無事に仕事を終えて初めて給料をもらえる決まりだ。
「俺、働くの嫌いなんだよね。面倒くさいから」
「旦那さま……」
「寝てるのが一番好きだし。ベッドとご飯さえあれば、別に困らないし」
はあ、とリュカは溜息を吐いた。
店にきた他の客の話で知ったことだが、リュカは怠惰で面倒くさがりな冒険者として有名らしい。
ただ、冒険者としての実力に問題はなく、取り組んだ仕事は全て成功しているとのことだ。
「……シルヴィーは、よく働く旦那の方が好き?」
「そうですねぇ……」
背後から視線を感じた。ルネである。
振り返らなくても、ちゃんと言ってやれ! と彼女が伝えたがっていることは分かる。
ルネは子供のような見た目をいかし、我儘で可愛い新妻として人気を誇っている。ちなみにシルヴィーは、清楚系キャラで勤務中だ。
「私は別に、お金持ちじゃなきゃ嫌ってわけじゃないですけど……ただ」
「ただ?」
心苦しいけど、ちょっとは煽らなきゃよね。それに、働くのはリュカにとっても悪い話じゃないだろうし。
「将来のことを考えたら、働き者の旦那さまの方が安心かなって」
甘えるような声で言うと、リュカは勢いよくレモン水を飲み干し、立ち上がった。
「俺、ちょっと働いてくる」
◆
「ねえ、シルヴィー。そういえばアンタって、スキル持ち?」
店を閉め、掃除をしている最中、ルネからそう尋ねられた。
この世界には固有のスキルというものがある。一人ひとりの特殊な能力のことだ。とはいえ、全員がスキルを持っているわけじゃない。
強力なスキルがあれば、冒険者として成り上がれる。
異世界転生したら、最強スキルを持ってる、っていうのが定番だけど、残念ながら私はそうじゃないのよね。
「いえ。私は特にないと思います」
「へえ。それ、教会で確かめてもらった?」
「それはしてないですね。私の故郷には、大きな教会はなかったので」
固有スキルは、基本的に10歳までに発動する。自分で気づくのが一般的だが、神父にスキル判定をしてもらうことも可能だ。
「やってみたら? 気づいてないんだから地味なスキルかもしれないけど、なにかあるかもしれないし」
「……確かに」
「明日、店休日だしね」
新婚カフェとしてオープンしてから、ありがたいことにフルールは連日賑わっている。そのため、明日は初めての休みだ。
「私、教会に行ってみます」
◆
翌日、シルヴィーは教会にやってきた。教会は冒険者ギルドの真横だ。神父はスキル診断だけでなく、魔物にかけられた呪いをとくこともできる。
朝だからか、教会にはあまり人がいなかった。受付を済ませ、神父のもとへ向かう。
「スキル診断の依頼ですか。かしこまりました」
老神父は穏やかに微笑み、シルヴィーの前で手を組んで目を閉じた。そうやって神に心で問いかけることでスキルが分かるらしい。
実はすごいスキルがあったりしないかしら?
どきどきしながら待つこと、数十秒間。
神父はゆっくりと目を開け、そして、重々しく口を開いた。
「貴女には、固有スキルがあります」
「本当!?」
「貴女の固有スキルは……」
「私の固有スキルは!?」
「チェキ、です」
は?
思わず固まってしまった。
え? 今? チェキって言った? 言ったよね?
チェキと言われたら、私にはあのチェキしか思い浮かばない。撮ったらすぐに写真が出てくる、コンカフェでよく見るカメラ。
それが、私のスキル?
「し、神父様、チェキというのは……」
「驚くのも無理はありません。そんな言葉は聞いたこともありませんし、チェキなんてものは知らないでしょうから」
ううん、違うの。ゴリゴリに知ってるから驚いてるの。
「チェキというのは、どうやら、瞬間を切りとる機械のようです。ものすごく現実的な絵を描ける、とでも言えばいいのでしょうか」
この世界には、そもそも写真というものが存在しない。だからこそ、金持ちたちはこぞって肖像画を依頼する。
カメラ自体がないのだから、チェキなんてあるはずがない。
それにしても、固有スキルが『チェキ』ってなんなの!?
私、さすがにコンカフェ嬢過ぎるでしょ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます