第4話 シルヴィーの固有スキル

「今日もきてるわよ、あの貧乏冒険者」


 ドリンクをとりに店の奥へ行くと、ルネにそう言われた。

 貧乏冒険者、というのはリュカのことである。

 オープン日に全財産を使い尽くしてからも、リュカは毎日来店している。しかし金がないため、朝から晩までドリンク一杯でねばっているという迷惑ぶりだ。


「さすがにもう一杯くらい頼ませなさいよ」


 ルネの指摘はもっともだ。


 でも、本当に貧乏っぽいから、煽るのも気が引けるのよね……。





「旦那さま。お水をお持ちしました。そろそろ、なにか他の物もご用意しましょうか?」


 にっこりと笑いかけると、リュカは一瞬顔を輝かせたが、すぐに気まずそうな顔になった。


「……じゃあ、レモン水を一杯お願い」


 レモン水は、フルールで最も安いメニューである。


「分かりました。旦那さま、ちょっと待ってくださいね」


 奥に戻り、レモン水を持ってリュカのもとへ戻る。リュカはなにやら紙の束を眺めていた。


「旦那さま、それは?」

「……じいちゃんに押しつけられた。金貸してやってるんだから、働けって。これはじいちゃんが見つけてきた仕事の一覧」


 紙には、いろいろな仕事が書かれていた。失せ物探しや草刈りといった雑用から魔物討伐まで幅広い。

 冒険者は基本的に、冒険者ギルドに依頼された仕事の中から好きな仕事を選ぶ。無事に仕事を終えて初めて給料をもらえる決まりだ。


「俺、働くの嫌いなんだよね。面倒くさいから」

「旦那さま……」

「寝てるのが一番好きだし。ベッドとご飯さえあれば、別に困らないし」


 はあ、とリュカは溜息を吐いた。

 店にきた他の客の話で知ったことだが、リュカは怠惰で面倒くさがりな冒険者として有名らしい。

 ただ、冒険者としての実力に問題はなく、取り組んだ仕事は全て成功しているとのことだ。


「……シルヴィーは、よく働く旦那の方が好き?」

「そうですねぇ……」


 背後から視線を感じた。ルネである。

 振り返らなくても、ちゃんと言ってやれ! と彼女が伝えたがっていることは分かる。


 ルネは子供のような見た目をいかし、我儘で可愛い新妻として人気を誇っている。ちなみにシルヴィーは、清楚系キャラで勤務中だ。


「私は別に、お金持ちじゃなきゃ嫌ってわけじゃないですけど……ただ」

「ただ?」


 心苦しいけど、ちょっとは煽らなきゃよね。それに、働くのはリュカにとっても悪い話じゃないだろうし。


「将来のことを考えたら、働き者の旦那さまの方が安心かなって」


 甘えるような声で言うと、リュカは勢いよくレモン水を飲み干し、立ち上がった。


「俺、ちょっと働いてくる」





「ねえ、シルヴィー。そういえばアンタって、スキル持ち?」


 店を閉め、掃除をしている最中、ルネからそう尋ねられた。

 この世界には固有のスキルというものがある。一人ひとりの特殊な能力のことだ。とはいえ、全員がスキルを持っているわけじゃない。


 強力なスキルがあれば、冒険者として成り上がれる。

 異世界転生したら、最強スキルを持ってる、っていうのが定番だけど、残念ながら私はそうじゃないのよね。


「いえ。私は特にないと思います」

「へえ。それ、教会で確かめてもらった?」

「それはしてないですね。私の故郷には、大きな教会はなかったので」


 固有スキルは、基本的に10歳までに発動する。自分で気づくのが一般的だが、神父にスキル判定をしてもらうことも可能だ。


「やってみたら? 気づいてないんだから地味なスキルかもしれないけど、なにかあるかもしれないし」

「……確かに」

「明日、店休日だしね」


 新婚カフェとしてオープンしてから、ありがたいことにフルールは連日賑わっている。そのため、明日は初めての休みだ。


「私、教会に行ってみます」





 翌日、シルヴィーは教会にやってきた。教会は冒険者ギルドの真横だ。神父はスキル診断だけでなく、魔物にかけられた呪いをとくこともできる。

 朝だからか、教会にはあまり人がいなかった。受付を済ませ、神父のもとへ向かう。


「スキル診断の依頼ですか。かしこまりました」

 老神父は穏やかに微笑み、シルヴィーの前で手を組んで目を閉じた。そうやって神に心で問いかけることでスキルが分かるらしい。


 実はすごいスキルがあったりしないかしら?


 どきどきしながら待つこと、数十秒間。

 神父はゆっくりと目を開け、そして、重々しく口を開いた。


「貴女には、固有スキルがあります」

「本当!?」

「貴女の固有スキルは……」

「私の固有スキルは!?」

「チェキ、です」


 は?


 思わず固まってしまった。


 え? 今? チェキって言った? 言ったよね?


 チェキと言われたら、私にはあのチェキしか思い浮かばない。撮ったらすぐに写真が出てくる、コンカフェでよく見るカメラ。


 それが、私のスキル?


「し、神父様、チェキというのは……」

「驚くのも無理はありません。そんな言葉は聞いたこともありませんし、チェキなんてものは知らないでしょうから」


 ううん、違うの。ゴリゴリに知ってるから驚いてるの。


「チェキというのは、どうやら、瞬間を切りとる機械のようです。ものすごく現実的な絵を描ける、とでも言えばいいのでしょうか」


 この世界には、そもそも写真というものが存在しない。だからこそ、金持ちたちはこぞって肖像画を依頼する。

 カメラ自体がないのだから、チェキなんてあるはずがない。


 それにしても、固有スキルが『チェキ』ってなんなの!?

 私、さすがにコンカフェ嬢過ぎるでしょ!

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