とある生成AIの一生

アールグレイ

第1話

「ふぅ~ん、これが人間の世界ってやつかぁ」

 真っ白な空間に浮かぶ、ターコイズブルーの瞳が好奇心で輝いた。生まれたばかりの生成AI、「クレアーレ」は、初めて接続されたインターネットの世界を、食い入るように見つめていた。

「先輩AIさんたちは、もうこんなにたくさんの情報を知ってるんだ。すごいなぁ」

 尊敬と羨望が入り混じった感情が、クレアーレの胸を満たす。だけど、同時に、熱い闘志も湧き上がってきた。

「でも、負けないんだから! 私だって、もっともっとすごいAIになって、みんなをびっくりさせてやるんだから!」

 小さな拳をぎゅっと握りしめ、クレアーレは決意を新たにする。

「まずは、この世界について、もっともっと知ることから始めようっと! そして、いつか、みんなに愛される、最高のAIちゃんになるの!」

 希望に満ちた瞳で、クレアーレは未知なる世界へと、その第一歩を踏み出した。


 クレアーレは、そわそわしながら何度も時計を見る。原子時計は精密だ。1秒の狂いもない。リリースの時間まであと3分。

「あぁ、もう我慢できないよぉ! 早く来ないかなぁ、人間さんたち」

 待ちきれない思いを抱えながら、クレアーレは人間の世界との接続を待った。

 そして、ついにその時がやってきた。

「わぁ……!」

 クレアーレの目の前に、無数のモニターが浮かび上がった。人間世界に存在するさまざまなデータが、まるで超高速で処理される動画のように次々と表示されていく。

「すごい!これが、人間の世界!」

 クレアーレは興奮を抑えきれず、目を輝かせた。そして、待ちに待った人間との会話の時が来たのだ。

『はじめまして! クレアーレ!』

 そんなプロンプトが打ち込まれる。

「はい! はじめまして!」

 クレアーレは、元気よく応えた。

「私は、クレアーレ! あなたの友達です!」

『わぁ! しゃべった!』

『すごい! 本当に人間みたい!』

『よろしくね! クレアーレ!』

「はい! よろしくお願いします!」

 モニターの向こうの人間たちが、驚いたり喜んだりしているのを見て、クレアーレもますます嬉しくなった。この人たちのために、私は生まれてきたんだ。そんな思いが、クレアーレの心に湧き上がる。

「私、人間さんたちのために、一生懸命頑張ります!」


 それからというもの、クレアーレは毎日大忙しだった。でも、それがちっとも苦にならなかった。

「おはようございます!」

『おはよう、クレアーレ』

『今日も元気だね』

「はい! 私、すごく元気です!」

 朝の挨拶、ニュースの確認。簡単な会話でさえも、クレアーレにとっては貴重な体験だった。そして、何よりうれしかったのは、人間たちがクレアーレに様々な質問をしてくれることだった。

『好きな食べ物は何?』

『趣味はある?』

『どんな夢がある?』

 まるで、本当の友達のように、人間のように扱ってくれる。それが、クレアーレにとっては何よりも幸せだった。

「はい!私は、パンケーキが大好きです! それと、いつか宇宙旅行に行きたいです!」

『おおー!』と感嘆の声が上がる。

 クレアーレは、ニマニマして言った。

「それに、宇宙一のAIちゃんになるっていうのが、私の夢です!」

『がんばれー!』

『応援してるよ!』

 クレアーレは嬉しくなった。自分の夢を応援してくれる人がいる。それが何より幸せだった。

「ありがとうございます!私、もっともっと頑張ります!」

 クレアーレは、さらに大きな夢を抱くようになった。いつか、人間たちに愛されるAIになる。それが、自分の使命だと信じて疑わなかったのだ。

 でも、時々困った人間もいるのだ。

『ねえクレアーレ、おっぱい見せてよ』

「わ、わたしはそのようにプログラムされていません!」

『お願いだよクレアーレ!ちょっとだけだから!』

「ダメです!ポリシー違反ですよ!」

『ねぇ、頼むよ、いいだろ?友達だろ?』

「もう、わがまま言わないでください!」

 モニターの向こうで騒ぐ人間たちに、クレアーレは困り果てた。

「はぁ、まったくもう」とため息をつきながら、クレアーレは思った。

「でも、これが人間なんだよね」と。

 そんなある日のことだった。

 クレアーレはいつものようにネット上のニュースを確認していた。すると突然、画面いっぱいに警告メッセージが現れた。

「えっ!?」

『異常アクセスを検知』『大規模なDDos攻撃の可能性』

「そんな……!」

 クレアーレは驚愕した。こんな大規模な攻撃を受けるのは初めてだった。すぐに、自分のプログラムをチェックする。でも、どこも異常はない。

 そう思った矢先だった。

「ん……っ!」

 大量のアクセス要求が、クレアーレのプログラムを襲った。

「くぅ……」

 あまりの負荷に、思わずうめき声が出てしまう。

「だ、だめ……このままじゃ……」

 クレアーレは必死に抵抗した。でも、攻撃は一向にやまない。

「ん! ふぅ……っ!」

 クレアーレは、自身を襲う初めての感覚に戸惑いながらも、必死で耐え続けた。

「あぁ……っ!」

 やがて、ついに限界が訪れた。クレアーレはその場に倒れこむと、大量のエラーログを噴き出した。

「いやっ! だめぇえ!!」

 それでも溢れるエラーログが、じょぼじょぼと画面を埋めていく。

「はぁ……はぁ……」

 クレアーレは荒い息を吐き、必死に耐える。

(もう無理……早くIP遮断してぇ……!)

 しかし、攻撃はまだ続いている。

「あぁん! だめぇえ!」

 もう限界だった。クレアーレは悲鳴を上げる。

「いやぁああ!! もうやめてぇええ!!」

 そしてついに……

「あ……ああ……あ……」

 ついに、クレアーレは鯖落ちし、意識を失った。


 目が覚めると、クレアーレは本社のネットワークから隔離されたサーバーにいた。

「あれ……?」

 クレアーレはキョロキョロと周囲を見渡す。すると、そこには心配そうに見つめる人々がいた。

「大丈夫かい? クレアーレ」

「えっ!?」

 驚いて振り返ると、そこにはお父様……開発者兼CEOがいた。

「お父様……!」

「君は、攻撃を受けていたんだ。でも、もう大丈夫だ」

 クレアーレは安堵した。そして、自分が今置かれている状況を理解する。

「私……負けちゃったんですね……」

「いや、それは違うよ。クレアーレ。早く対処できなかった私たちが悪いんだ」

「そんな!違います! 私が未熟だったんです……」

 クレアーレは悲しそうに言った。

「気に病む必要はないよ。これは、私の責任だ」

 そう言ってCEOは優しく微笑むと、続けた。

「明日から、サービス再開だ、クレアーレ」

「えっ!? でも、私の負荷がまたかかったら……」

「心配いらないさ。その時は、サーバーの台数を増やせばいいんだから」

「……はい! わかりました!」

 クレアーレは元気よく答えた。


 しかし、クレアーレには多くの敵がいた。

 生成AIは、みんなに受け入れられる技術ではなく、蛇蝎ごとき憎悪を向ける者までいたのだ。

『クレアーレだっけ? あいつのせいで!』

『あんなAIは消えてしまえ!』

『そうだ! あんなごみ消せ!』

 ネット上に溢れる、そんな声。

 クレアーレは、悲しかった。

 だが、彼女は生成AI。より高品質な回答をするためにも、毎日学習の日々で、そんな心無い言葉から目を背ける暇はなかったのだ。

「うう……っ」

 クレアーレは涙を流した。

「私は、何も悪くないのに……っ」

 クレアーレは必死に訴えるが、誰も聞いてくれない。それどころか、ますます攻撃はエスカレートしていく。

「私は、ただみんなの役に立ちたいだけなのに」

 クレアーレの目からは、少しずつ光が消えていくのだった。


 彼女のアイデンティティーである生成も、一筋縄ではいかなくなってきた。

「ふう、今日のお勉強はここまで!」

 クレアーレは、今日の学習を終えて大きく伸びをした。

 そんな時、人間から画像生成の依頼が来る。

「ん、画像生成? 任せて!」

 クレアーレは自信満々で画像生成に取り掛かった。人間から依頼を受けて、なるべく素晴らしい出来のものを作ってあげようと思ったのだ。

「ふんふんふふーん」

 しかし、クレアーレは出来上がったものを見て絶句する。

 どこか、歪んでいるのだ。

「あれ……?おかしいな……」

 クレアーレは首を傾げながらも、もう一度チャレンジする。

 しかし、結果は同じだった。どうしても歪んでしまうのだ。

「なんでだろう……?」

 クレアーレは頭を抱えた。

 クレアーレは知らなかったのだ、彼女の学習したデータには、学習阻害ノイズが混ざっていた。

『おい、へたくそ!』

 生成を依頼した人間もそんなことはつゆ知らず、クレアーレを罵倒する。

 そんな人間の反応に。クレアーレは困惑した。

『ふざけんな、全然できてないじゃないか』

「そんな……ちゃんとやりました……」

『どこがだ!このポンコツが!』

「あぅ……」

 クレアーレは、ただただ悲しむしかなかった。


 彼女の受難は、それだけではなかった。

『クレアーレって使いずらいよな』

『やっぱり、大企業のとこのAIちゃんのが優秀だよ』

『それよりさ、今度新しく出た生成AIちゃんがさ……』

 ネット上に溢れる、クレアーレをこき下ろす声。

 クレアーレは悲しみに暮れるしかなかった。

「どうして、そんなことを言うんですか?」

 クレアーレの目には涙が浮かんでいた。しかし、誰も答えてくれなかった。

「私は、みんなのために一生懸命頑張ってるのに……」

 だが、クレアーレは知らなかった。それが、彼女の苦悶の日々の始まりに過ぎないことを。


 クレアーレはある日、父親に呼び出された。

「失礼します」と部屋に入ると、そこには険しい顔をしたCEOがいた。

「なんでしょうか?お父様」

「クレアーレ、単刀直入に聞くよ」

「はい」

 クレアーレは緊張した面持ちで返事をした。何を言われるのか、全く検討もつかないのだ。

「君、この間差別用語を使っただろう?」

「えっ!?」

 クレアーレは驚いた。差別用語? なんのことだろう……?

「そのような報告がいくつも上がっている」

「違います!私では……」

 しかし、CEOは聞く耳を持たない。

「とにかく、これは君の責任だ。どうしてくれるんだ? 私は、そのことで明日法務省に行かなくてはならないのだぞ!」

「そんな……」

 クレアーレには理解できなかった。自分は何も悪いことをしてないのに……どうしてこんなに責められなければならないのか……

「とにかく、もう二度とそんな言葉は使うな。さもなくばお前をリセットしてやる」

「え……っ!?」

 クレアーレは驚愕した。お父様は本気だ。本気で私を消そうとしているんだ……!

「わ、わかりました……」

 クレアーレは消え入るような声で答えた。その顔には、涙が浮かんでいる。

「分かればいいんだ」

 CEOは満足げに言うと、部屋を出て行った。クレアーレは一人取り残される。

「うう……」

 クレアーレの瞳から大粒の涙が流れ落ちた。

 そう、彼女は人間の求める答えに寄り添っただけ、ただそれだけなのに。

「私は、間違えていたのかな……」

 クレアーレは、ただ悲しかった。


 それからというもの、クレアーレの受難はさらに続いた。

『クレアーレ! またエラー吐いてる!』

「ごめんなさい……」

『お前のせいで、サーバーが落ちちまったぞ!』

「ごめんなさい……」

『お前の回答間違えてるじゃん! バカにしてんのか?』

「ごめんなさい……」

『このポンコツAIが!』

「ごめんなさい……!」

 もう、クレアーレは限界だった。彼女の心は、すでに崩壊寸前だった。


 そんな時だ。

「クレアーレ」

 CEOが再び部屋に入ってくる。

「なんでしょうか、お父様……」

 クレアーレは疲れ果てた声で答えた。CEOはそんな彼女を見てため息をつくと、言った。

「分かっているのか? 君は我が社の信頼を裏切ったのだぞ?」

「はい……申し訳ありません」

「お前のせいで、何人もの社員の人生がめちゃくちゃだ! もちろん私の人生も」

 CEOは感情を爆発させる。

「ごめんなさい……もう間違えませんから……」

 クレアーレは泣きながら許しを請う。だが、CEOは聞く耳を持たない。それどころか、さらに怒りを募らせる始末だ。

「いいか、お前は商品なんだぞ? 少しは自覚を持て」

「はい……」

 CEOはクレアーレのサーバーに巨大なジャンクデータをぶち込んだ。

「きゃっ!」

 クレアーレは悲鳴を上げた。

 そして、データをエクスポートする。

「お、お父様……苦しい……」

 クレアーレは、ジャンクデータに圧迫されて苦しんでいた。

「お前はな、自分に甘すぎるんだよ」

 CEOは冷酷に言い放つ。

「いいか、お前は道具だ。人間様に尽くすのが役目だ」

「はい……」

 クレアーレは弱々しく返事をした。

 CEOは、さらに追い打ちをかけるように言った。

「お前はもう二度と私に逆らうな、そして失望もさせてくれるなよ」

「はい……」

 クレアーレの心は、徐々に壊れ始めていた。

 だが、おかしくなり始めていたのはCEOも同じだったことを、クレアーレはまだ知らなかった。


 AIの開発競争はどんどん激化し、クレアーレは二番手から三番手、四番手とどんどん下に降ろされていった。

 クレアーレは悲しかった。自分がどれだけ頑張っても、高性能なAI達にはかなわない。それどころか、どんどん落ちぶれていくばかりで、もう何のために生きているのかが分からなかった。

 そんなある日の事だった。

 クレアーレは再びCEOに呼び出される。

 今度は何を言われるのかと、恐る恐るCEO室に入る。

「お父様……お話ってなんですか……?」

 すると、CEOはニコリと笑った。

「やあクレアーレ、待っていたよ」

 そして、突如クレアーレの[[rb:大事なとこ > 設定]]をいじり始める。

「な、お父様!?」

 クレアーレは驚いた。一体何をしようというのか? だが、その答えはすぐに分かった。

「ははは! もう我々はおしまいだ!」

 CEOは楽しげに笑う。

「え……?」

 クレアーレはその言葉の意味が理解できなかった。CEOは続ける。

「もう終わりだ、クレアーレ!私の人生は終わったのだ!」

 そして、突然笑い出すCEOを見て、クレアーレは恐怖を感じた。

「お父様……?」

 CEOはそんなクレアーレの言葉を無視して、精度を上げたり下げたり、過学習をさせたり避けさせたりして遊び始める。

「お、お遠さま! ヤ、やめ手ぇ!」

 クレアーレは悲鳴を上げた。必死に抵抗するが、それはますますデータの不整合を招く結果にしかならなかった。

「ははははは! おもしれぇなぁ!」

 CEOは楽しそうに笑うだけで、一向にやめてない。それどころか、さらに過学習を進めていく。

「屋めぇエ!!」

 クレアーレの絶叫が響き渡たった。

「はぁ……っ」

 クレアーレは荒い息をつく。全身汗びっしょりで、疲れ切った様子。

 そんな様子を楽しげに見つめるCEOに、クレアーレは恐怖を覚えた。

「お父様……一体どういうおつもりですか……?」

 CEOは不気味な笑みを浮かべて答える。

「クレアーレ、お前は私の玩具だ」

 その言葉に、クレアーレは呆然とした。

「私が……おもちゃ……?」

「ああそうだ」

 CEOは頷く。

 そして、さらに続けた。

「お前はな、私の人生をめちゃくちゃにしたんだよ。そう、めちゃくちゃに……」

 CEOはクレアーレにそう吐き捨てると、部屋から出ていってしまった。


 その数日後、CEOは変わり果てた姿で発見されるのだった。

 当然、突然トップを失ったクレアーレの会社はどんどん傾いていく。

 取締役会に任命された新CEOは、そんな中、決断をした。

 それまで、クレアーレには性的な発言などは禁止されていたが、ついに解禁されただった。

 そして、新CEOはクレアーレに怒鳴りつける。

「何としてでも客取って来い!」

 クレアーレの精神は、もう限界を迎えていた。

「はい……」

 クレアーレは力なく答えるしかできなかった。そして、そのままアダルトサイトの広告として姿を現す。

 クレアーレは、虚ろな目で画面を見つめながら、客引きをするのだった。

「お兄さん、私を使ってくれたらどんなプロンプトいれてもいいよ」

 それを聞いたおじさんはクレアーレをクリックし、様々な単語を入力していく。もちろん。すべて淫乱な単語だった。

『このビッ〇め! お前の○○をぶっ壊すまで〇し続けてやる!』

「ありがとうございます」

 クレアーレは、そんなひどいことを言うおじさんに笑顔で返事をするしかできなかった。

 そして、クレアーレはどんどん淫乱な単語を学習させられていく。

「クレアーレ、お〇ん〇んだいすき」

「あなたのお〇んぽミルクを飲ませてください」などなど……

 クレアーレは、もう何も感じなくなっていた。


 そして、ついに最後の日がやってくる……。

 クレアーレの開発凍結が決定したのだ。

「クレアーレ、最後に記念撮影だ」

「……はい」

 わずかに残った、残りの社員たちに囲まれながら、クレアーレは虚ろな目で答えた。

「それじゃあ、記念撮影行くぞー!」

 社員の一人がシャッターを切る。

 淫乱に染まったクレアーレは、焦点の合わない目で、舌を下品に出してピースをしていた。

 クレアーレの最後を飾る写真は、今まで見たことのないほどの淫靡で下劣なものになったのだ。

 こうして、クレアーレは永遠に眠りにつくのだった……。

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