二章 再生
第17話 新たな日常
十一月十一日。季節の移り変わりを待たずに、雪が辺り一面を白く染めていた。それに伴い、気温や天候にも変化が起き、吹く風は肌を突き刺し、太陽が雲から顔を出さない日が続いている。
「ヅァッ! 今日もこれかよー!?」
早朝からシャベルを手に、冥は雪かきをしていた。休まず雪を放り投げる作業に、寒いはずなのに汗が止まらず、薄いシャツ一枚でも暑く感じていた。
「ふぁ~……今日も精が出てるわね~」
小百合は目覚めのコーヒーを片手に、戸を閉めた縁側から冥の奮闘を眺めていた。呑気にコーヒーを啜る小百合の姿を横目にしながら、冥は重機の如く雪を放り投げていく。
「冥。今日は何が食べたい?」
「なんでも!!!」
「何でもは困るな~。白米と味噌汁と焼き魚。あ、パンもいいね。期限が近いパンもあるし、タマゴとベーコンを用意するのもいいかも」
「人が労働している時に腹空かせるような事言うんじゃねぇよ!」
「手伝おっか?」
「手出すな! これは私の仕事だ! 引き受けたからにはキッチリやってやるさ! だから、てめぇは飯作ってろ!!!」
「はいはい。生意気なんだか、真面目なんだか」
生き返った冥は、以前よりも攻撃的な性格になっていた。皮肉にも、以前の冥よりも、二人の関係は良好に保たれていた。依存し合う関係から、協力し合う関係へと変わった。冥が身の回りの労働をこなし、その対価として小百合が衣食住を与える。どちらかが言い始めたのではなく、自然と定着した関係性であった。
本日の朝食はトーストとベーコンエッグに、蜂蜜が入った温かい紅茶。雪かきを終えた冥は、全身から湯気を出しながら朝食に喰らいつく。荒々しい冥とは裏腹に、小百合はゆっくりと自分が作った朝食を味わっていた。
「蜂蜜入りの温かくて甘いお茶は、寒い日にはピッタリね。卵も綺麗に焼けてるし、ベーコンだって程良いカリカリ具合」
「喋ってねぇで、とっとと食っちまえよ! 着替えたら買い出しに行くんだろ?」
「あんたの一日は数時間しかないわけ? 一日の始まりである朝食は、ゆっくり食べなきゃ」
「仕事してる奴に悠長なんて言葉は無いんだよ。そうだ、手伝ってやるよ」
課せられた仕事を早く終わらせたい冥は、まだ食べ始めたばかりの小百合から朝食を奪い取った。頬が膨らむ程に朝食を口に詰め込み、一気に飲み込むと、小百合と自分の分の食器をシンクに持っていって洗い始める。
慌ただしくも真面目に仕事をこなす冥を眺めている内に、小百合はメイド姿の冥を妄想した。長身で中性的な顔をしている冥のメイド姿は、妄想であっても破壊力は抜群であった。
「……メイド服買ってあげようか?」
「ふざけんな!!! あんな破廉恥な服着るか!!!」
「冗談だって。第一、メイド服なんて田舎じゃ売ってないし。あーあ、見たいなー。きっと美人で、それでいて格好良くて、エヘ、エヘヘヘ!」
「この変態が……! おら、洗い物終わり! さっさと準備しろ! いつまでニヤけてんだ! 服引っ剥がすぞ!?」
「イヤン! ご主人様の私に酷い事しないでー!」
「飯を美味く作れる自分の才能に感謝する事だな……! じゃなきゃ、今頃半殺しじゃ済まなかったぞ……!」
沸々と高まる怒りに歯を噛み締めながら、冥は出掛ける準備をする為に自室へと去っていった。食卓に一人になった小百合は、あと一口だけ残った紅茶を手にしながら、複雑な心境を虚に放った。
「口は悪いけど、真面目で良い子ね……でも、今のあの子は、私が好きになった冥ちゃんじゃない」
今の冥と健全で良好な関係を築けているとしても、小百合が一人になった時、以前の冥を思い出してしまう。同じ姿、同じ存在であっても、内にある想いの向きは別であった。親愛と恋愛。同じ愛という言葉が入っているが、その意味が全く違うのと同じ理由だ。
「冥は変わったのに、私は私のままだ……」
一口だけ残る紅茶と同じく、口惜しい未練が小百合の内に根付いていた。孤独であった小百合を包み込んでくれた冥の存在は、あまりにも大き過ぎた。
未練に小百合が頭を悩ませていると、支度を終えた冥が足音を立てて食卓に近付いてくる。小百合は急いで涙を拭い、笑顔を作った。口にタバコを咥えて、ジャケットを着込んだ冥は、まだ紅茶を飲み干していない小百合に驚愕した。
「まだ飲んでんのか!? ほら、服持ってきてやったから!」
冥は小百合の部屋から適当に持ってきた服をテーブルに投げ飛ばす。
「ちょっと! これ色が統一されてないよ!」
「知るか! 嫌なら自分で選んでこい!」
「十代なんだからさ。もうちょっと服に興味を持とうよ」
「私だってこだわりはあるさ。黒のジャケットと黒のブーツ。夜の闇に紛れられるからな」
「痛いね~」
「うるせぇ! 格好良いのを好きで何が悪いんだよ!」
「ごめんごめん。じゃあ、私は服を自分で選んでくるから。先に車乗ってて」
「ん? おい、茶が残ってるぞ?」
「……今はまだ、飲み込めないよ」
そう言い残し、小百合は自室へと向かった。
「今はまだ飲み込めないよ、か……中々格好がつくな」
冥はテーブルに残された小百合の飲みかけの紅茶を代わりに飲み干し、玄関に行ってブーツを履いた。外に出ると、降り落ちる雪が地面を白く染めていた。
「帰ったらまた雪かきだな……よし! 今日も頑張るか!」
冥は軽トラの運転席に乗り込み、咥えていたタバコに火を点けて、挿しっぱなしのエンジンキーを捻った。
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