箱庭に咲く百合の花

夢乃間

一章 破滅

第1話 初対面

 セミ鳴く夏の日。冥はタバコに火を点け、母親の妹が住む家を目指して歩いていた。元々都会で育った冥にとって、自然に囲まれた田舎は退屈に溢れていた。セミの鳴き声に鬱陶しさを覚えながら、手紙に同封されていた地図を頼りに道を進んでいく。


 地図に記された赤い点の場所へ辿り着くと、そこは田んぼ道のど真ん中であった。 




「……ホントにこれで合ってんのか?」




 地図を逆さにしたり、陽の光に当てて確かめてみるが、冥が立つ場所に赤い点は記されている。片手に持っていたカバンを地面に置き、カバンを椅子代わりにする。


 四本目のタバコを吸い終えた頃、道の先から一台の軽トラが徐行してきた。運転が不慣れなのか、時折前後に揺れている。明らかに異常な様子に、冥は吸おうとしていたタバコをしまい、カバンを肩に担ぎ、軽トラの方へ歩いていく。


 軽トラの近くまで冥が近付くと、急ブレーキを踏んだような勢いで軽トラのエンジンが止まった。運転席側の窓へ冥が行くと、運転席に座っていたのは、冥の母親の妹である小百合であった。




「小百合さん……で合ってますか?」




「あ、あはは……う、うん……えっと、冥ちゃん、だよね?」




 小百合は動揺していた。その理由は、冥の強面と背丈、そして下手くそな運転を目撃されたからだ。小百合は数日前から、頼りになるお姉さんとして見られるように、計画を立てていた。


 しかし、現実は残酷かな。下手くそな運転を目の当たりにされ、自身よりも大人に見える冥の容姿に、小百合のメンタルは既に砕かれる一歩手前であった。




「小百合さん? 大丈夫ですか?」




「えっ!? だ、大丈夫! 全然大丈夫だから! あ、待たせてごめんね!? 暑かったでしょ? すぐに家に送るから! 助手席……あ、いや、荷台に乗っても―――」




「……運転、代わりましょうか?」




「え……あ……あぁ……お願い、します」




 冥に交代してもらい、小百合は助手席へ移った。冥は慣れた手付きでハンドルとシフトレバーを操作し、巧みにペダルを踏んで運転する。助手席から眺めていた小百合には、さながら映画の主人公のように冥が映っていた。




「とりあえず小百合さんが来た道を進んでますが、こっから先はどういう道のりなんですか?」




「ほへぇ……」




「小百合さん?」




「ふぇっ!? あ、あー、道ね!? えっと、ここを真っ直ぐ進んで、坂道を進んで、坂道を上り切ったちょっと先にあるよ!」




「オッケ。真っ直ぐですね」




 冥はギアを瞬く間に上げていき、軽トラの限界値のスピードで道を駆けていく。初めてのスピード域で体験する圧迫感に、小百合は身を座席に押し込み、少しでも距離を取ろうとする。 




「も、もうちょっと減速!!!」




「田舎に法律も規則も無いですよ」




「あるから! あるからー!!!」




 命乞いをするように叫ぶ小百合に構わず、冥はスピードを保ったまま坂道を上り始めた。いつもの何倍も速い坂道の進み具合に、小百合は気絶寸前であった。


 坂道を上り切ると、目的地が近い事もあり、冥はゆっくりと軽トラを減速させていく。冥は窓を全開に開け、右肘を窓に寄りかからせて周囲の景色を見渡した。都会のようなコンクリートで出来た人工物が建ち並ぶ景色は無く、ただただ自然に溢れていた。




「何も無いですね……どうやって暮らしてるんですか?」




「……」




「小百合さん? 大丈夫ですか?」




「……う、うん。ちょっと、川を眺めてただけだから」




「川? ここらに川なんて無いですよ」




「いや、そういう川じゃなくて……もういいや」




 しばらく道を走らせていくと、一軒の家がポツンと建っていた。良く言えば古風。悪く言えば古臭い木造建築の平屋。


 軽トラを家の前に停め、冥は荷台に積んでいたカバンを肩に担いで、改めて家を眺めた。屋根には瓦が敷き詰められており、外の空気を浴びてしまう廊下があり、少し開いてある障子から部屋の様子が見える。夏だというのに、何故かコタツが置かれていた。




「古臭い家でしょ?」




 小百合が呆然と家を眺めていた冥の隣に立つと、悪戯気な笑みを浮かべながら冥に尋ねた。




「はい」




「フフ……ん? え?」




「とても古臭いです。障子が付いている家なんて初めて見ました」




「げ、現代っ子……ハァ。歳の差を感じさせられるわ~」




「あんまり変わらないと思いますよ?」




「二十七」




「十七」




「十も違うじゃん……!」




 散々打ちのめされ、とうとう膝を抱えて落ち込んでしまう小百合。そんな小百合の姿に、冥の胸の奥にある何かが熱を帯びる。


 冥は小百合の前に立つと、小百合の頬に手を当て、自分を見上げさせた。




「変わらないよ」




「え……?」 




 冥が呟いた言葉の意味を小百合はもちろん、冥自身も分かっていなかった。それは自然と口にしていた言葉。無意識から出た本心であった。


 


「……暑いですね。早く家に入りましょう……クーラーって、ありますよね?」




「クーラー? 馬鹿言っちゃ困るよ! そんなハイテクな物なんか置いてない! 田舎には田舎の涼み方があるのよ!」




「へぇ。幸先不安ですが、楽しみです」




「やっぱり、遠慮がないね……ま、まぁ、いいでしょう!」




 小百合は一足先に玄関の扉を開け、家の中へと入っていく。その後に続き、冥も玄関へと向かう。家の中は外観の印象通り古臭く、芳香剤ではない妙な良い匂いが漂っていた。


 冥が履いていたワークブーツを脱いでいると、ドタバタと足音を立てながら小百合が戻ってきて、手に持っていたクラッカーの紐を引っ張った。破裂音と共に飛び出した色とりどりの紙吹雪が、冥の頭に降り注ぐ。




「冥ちゃん! ようこそ我が家へ~!」




 計画のトリであるクラッカーが無事成功し、小百合は内外共に喜んでいた。そんな満面の笑みを浮かべる小百合を見て、冥の口角が僅かに上がった。 

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