心を蝕む
たんぼの邪神
第1話
先輩が自身が人でないことを明かしてきたときは一瞬驚いたような気もするが、それで特に何か変わるわけでもなし、今日もだらだらと話し込んでいた。
「先輩またミルクティー飲んでるんですか?太りますよ?。」
「大丈夫大丈夫、俺夢魔やもん。人間の飲み物で太ったりせぇへんて。」
先輩は1リットルパックのミルクティーをストローで飲みながら答える。
「へぇ、夢魔って食べるものも違ったりするんですか。」
「せやで、夢魔は人の感情を食べるんよ。人間の食べ物も一応は食えるけどあんまり意味ないって感じかな。」
先輩はあっさりと答えてくれる。こういう生態的な質問は気に障りそうだと今までなんとなく避けていたが俺の気負いすぎだったらしい。
「じゃあそれ飲む理由なくないですか。」
「いいやいる。甘いもんは夢魔も幸せにする!」
なにやら主語が大きいが単に心蝕先輩が甘いもの好きなだけだ。いつもジュースとか飲んでるし、パンケーキ屋に無理やり連れてかれたのも一度や二度じゃない。
「てか感情食べるんですか。」
「夢魔やからな。逆に夢魔のことなんだと思ってたん?」
「え、そりゃエロイことしてくる的な。だから先輩のイメージと違うなぁって。」
「アホ、そりゃインキュバスや。つーかお前の中で俺のイメージどないなっとんねん。」
「じゃあエッチなことできないんですか。」
「でき、なくはないけども……。夢操るとかならできるで。やらんけど。」
夢を操るというのは確かに物語で聞いたことがあるような気がする。先輩がやらないのは絶対面倒だからだろう。先輩は面倒くさがりで俺が言わないとすぐ講義をサボろうとするぐらいだ。
「話戻しますけど感情を食べるって他の人のですよね。もしかして俺のも食べてます?知らない間に感情なくなってるとか嫌なんですけど。」
「あー感情を食べるってそういうのやないで?厳密には感情が動くときに発生するエネルギーを食べてるって感じや。せやからなんもなくなったりせぇへんよ。winwinの関係ってことやね。」
「それ俺のwinがないんですけど。」
「まぁまぁ。代わりに俺がいるからええやん。インキュバスやないけど夢魔も顔の良さは負けてないで?」
そう言いながら先輩はパックの底に残ったミルクティーを煽る。あの量をもう飲んだのか。
「いくら先輩の顔がよくても俺は別に嬉しくないですよ……。ってもうこんな時間か。俺もう帰りますね。」
俺は一人席を立つ。
「お?今日はやけに早いな?なんか予定でもあるん?」
「予定って程じゃないですけど今日は父さんの帰り遅いんで飯作んないとなんですよ。冷蔵庫空っぽなんで買い物もしないとですし。」
「お前の家って父子家庭やったんか、初耳やわ。」
「あ、その、いない訳じゃないんですけど。ちょっと体悪くしてると言いますか。」
まさか
「ほーん。言いたないなら別にええよ?」
「えっと、また今度話しますよ。」
「せやから別にええのに。ま、お前が話したくなったらいつでも話してや。ほな俺も帰るわ。また明日な?」
そう言って心蝕先輩はひらひらと手を振りながら既に席を立っていた俺よりも先に帰っていった。どこまでも自由な人だ。人じゃないけど。
さて、今日は何を作ろうか。スーパーの特売はなんだったか。そんなことを考えながら俺も帰路につく。
家に着き、玄関のドアノブを捻る。
「ただいま。」
声をかけるが返事はなかった。
ゴミ袋が積み重なった廊下を抜け、洗い物が積み重なった台所で夕飯を作る。
ふと、先輩の好物でもそのうち作ってみようかという考えが頭をよぎる。しかしその直後に夢魔に人間と同じ食事は必要ないという話を思い出した。そして夢魔は人の感情を食べるという話も。
今にして思うと俺の感情を食べているのか、という質問の答えははぐらかされてしまっていたということに気づく。
まぁ別にいいか。それで俺と先輩の関係が変わるわけじゃない。
直接先輩に言うつもりはないが、家の境遇のせいでずっと友人の一つすら作れなかった俺にとって心蝕先輩は恩人なのだ。こんなこと知れたら確実にからかわれるので絶対に言わないが。
それにこんな俺の感情なんざ食べても美味しくないだろう。
俺のようなぬるま湯の不幸に浸かっている人間の感情なんて。
もっと劇的な人生を送ってれば先輩を喜ばせられたのかもと思いつつ、だけど今以上の幸福も不幸も荷が重いと感じる自分に嫌気が差しながら一人夕飯を作るのだった。
心を蝕む たんぼの邪神 @tanbonojasinn
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