28. 海王星の衝撃

 完全復活したゼロを見つめるシアン。その瞳に宿る光は、厳しさの中にも期待の色をにじませていた。


「いいわよ……? でも……これが最後のチャンスよ。分かっているわね?」


「はっ!」


 ゼロは力強く頷き、深々と一礼した。その折り目正しい姿勢には、新たな決意が宿っていた。


「ノアさん、ありがとうございます。目が覚めました」


 ニッコリと笑顔を向けるゼロの瞳は、かつての混沌とした赤から、清明なブラウンへと変化していた。


「い、いや、大したことはせんかったが……。それより、この荒廃した世界をどう立て直すつもりじゃ?」


 賢者は眉をひそめ、漆黒しっこくの闇に沈んだ大地を見下ろした。


「ははっ、ご心配なく。さあ、参りましょう!」


 ゼロは楽しげに笑うと、ブワッと黄金色の光を纏い、賢者の手を引っ張りながら一気に上空へと飛び立った。


「う、うわぁぁぁ、どこへ連れて行くんじゃぁぁ!!」


 賢者の悲鳴が風に乗って響く。


「集会場ですよ、集会場! はっはっは!」


 ゼロは陽気に返した。その声には、かつての重圧は微塵も感じられない。


 遠く空高く二人の姿が遠ざかっていくのを見上げながら、シアンは小さなため息をこぼした。


「本当に手のかかる子ね。ふぅ……」


 その瞳には、まるで孫を見守るような温かな光が宿っていた。


 かすかな笑みを浮かべると、シアンも閃光を放ち、光の微粒子を残して消えていく。その姿は、まるで花火のように、儚くも美しかった。



      ◇



 黄金こがねの光を纏い、ゼロは蒼穹そうきゅうへと飛翔した。その姿は、夜空を駆ける流星のごとく、壮麗で眩しかった。賢者ノアは、ゼロの腕にすがりつきながら、眼下に広がる光景に戦慄せんりつした。


 かつて生命の息吹に満ちていた大地は、今や漆黒しっこくの闇に蝕まれていた。その様は、瘴気しょうきを吐き出す邪悪なドラゴンが、その爪で大地をえぐり取ったかのようだった。


「うわぁ……なんという惨状じゃ」


 賢者は首を振り、その光景から目を逸らす。幾多の時代を生き抜いてきた彼でさえ、これほどの破壊を目の当たりにしたことはなかった。


「では参りますよ! 衝撃に備えてください! 十、九、八……」


 ゼロの声が風を切って響く。突如始まったカウントダウンに、賢者の心臓が鼓動こどうを早めた。


「お、おい、一体どこへ向かうつもりじゃ?」


 賢者の問いかけは、轟音ごうおんに呑み込まれてしまう。ゼロの加速は留まることを知らず、二人の周りで空間そのものがゆがみ始めていた。


「三、二、一、ゼロ!!」


 ゼロの声が木霊こだまする瞬間、二人の姿が無数の光の粒子となって四散した。後には、黄金の微粒子が煌々こうこうと舞い踊るばかり。天の川が地上に降り注ぐかのような、幻想的な光景が広がっていった。


 その光は、やがて静かに大地へと降り注いでいく。荒廃した世界に、新たな希望の種が蒔かれた瞬間だった。



       ◇



 一瞬いっしゅん閃光せんこうの後、深遠な静寂が訪れた。賢者ノアが恐る恐る瞼を開くと、そこには息を呑むほどの絶景が広がっていた。無数の星々が、夜空の天蓋てんがいに宝石を散りばめたかのように煌めいている。


 そして、悠然と流れる天の川。その神秘的な美しさに、賢者は言葉を失い、ただ茫然ぼうぜんと見入るばかりだった。


「こ、ここは……?」


 無重力状態で宙に浮かぶ自身の身体を持て余しながら、賢者は周囲を見回した。すると、眼下に巨大なあおい世界が広がっているのに気がついた。


「な、なんじゃこりゃぁ!?」


 それは、巨大な弧を描く水平線を持つ紺碧こんぺきの惑星だった。その澄み切った碧い色彩に、賢者は魅入られてしまう。


「ここが、僕らの星のふるさとですよ。僕ら星はこの海王星の中で創られているんです」


 ニコニコしながら説明するゼロの表情には、どこか懐かしさと誇りがにじんでいた。


「ここで星が『創られている』じゃと?」


 賢者は何を言われたのか分からず、呆然ぼうぜんとした表情でゼロを見つめた。長年積み重ねてきた知識が、一瞬にして覆される感覚に戸惑いを隠せない。


「『情報工学』って奴ですよ。とりあえず、準備も要るのでまずはコーヒーでも飲みましょう」


 ゼロはそう言うと、賢者の手を取って星空の中を飛び始めた。その姿は、宇宙空間を自在に泳ぐ魚を思わせた。


「コーヒー? こんなところに? 一体どこへ行くんじゃぁ」


 話が全く理解できず、今にも泣き出しそうな賢者。


「だから集会場ですよ、集会場。はははっ」


 ゼロは楽しそうに笑った。真空の宇宙空間で響くはずのない笑い声が、不思議な余韻を残した。

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