12. 黄金の魚

 鳥のさえずりがのどかに響く湖面に、ゆらゆらと黄色く塗った浮きが風に吹かれて揺れている。


「今晩のおかずは魚料理にするんだから!」


 リリーはグッと竿を握るこぶしに力を入れた。その瞳には期待と決意が煌めいている。


 小さな唇を噛みしめ、全身で魚の反応を待った。


 ピッピッピィィィ!


 ゼロも隣で応援する。小さな体を揺らしながら、まるで踊るように声を上げた。


 しかし――――。


 リリーの浮きはピクリとも反応しない。


 静かな湖面を眺めていると、時間が止まったかのような錯覚に陥る。風に揺られる水面の波紋だけが、かすかに時の流れを感じさせる。


「うーん、何の反応もないわ……」


 リリーは眉をひそめ、ふぅと重いため息をついた。


 その時だった――――。


「来たっ! 来たわーー!」


 最初にヒットが来たのはニナだった。


 ニナは嬉しそうに良い型のフナを釣り上げる。朝日に照らされて銀色に輝く魚体が、まるで勝利のメダルのようにリリーには見えてしまう。


「あぁ……、いいわね……」


 リリーは妬ましそうに、水滴をキラキラと散らしながらビチビチと踊るフナをジト目で見つめた。その表情には複雑な感情が交錯している。


 ピッピッピィィィ!


 必死に励ますゼロ。丸い体を揺すりながら、全身で応援する。その熱心な様子に、リリーの心は少し和らいだ。


 リリーは何度も仕掛けを上げて餌を確かめてみるが、かじった形跡すらない。いつしか額に薄っすらと汗が浮かび始めていた。湖を渡る涼しい空気が頬をなでるのを感じながら、リリーは深呼吸をする。


「場所がダメなんだわ!」


 リリーは少し離れた岩にピョンと跳び移ると、そこから沖の方に仕掛けを投げてみる――――。


 しかし、それでも反応がない。


 湖面は相変わらず静かで、リリーの浮きだけが静かに揺れている。その孤独な浮きを見つめながら、リリーの心にも寂しさが忍び寄る。


「また来たわーー!」


 ニナの竿には次々とフナがかかる。彼女の笑顔が輝くたびに、リリーの表情は曇っていく。いまだにリリーの浮きはピクリともしない。


「もう……」


 焦りが募るリリー。小さな唇を噛みしめ、目に涙が浮かんでいる。こんな調子では魚料理どころではない。


 そんなリリーを見て、ゼロはいてもたってもいられなくなる。


 ピィッ!


 ゼロはそう叫ぶと一気に湖の上へと飛び出した。小さな翼を懸命に羽ばたかせ、どんどん高度を上げていく。


 上空から湖面を見下ろし、必死に魚影を追うゼロ――――。


 丸い目を凝らし、水面下の動きを探る。


 すると、少し沖に魚影の濃いポイントが見つかった。水面下でキラリと光る鱗の群れが、ゼロの目に飛び込んでくる。


 ピッピッピィィィ!


 ゼロはポイントの上空をクルクル回り、翼で指さした。


「えっ! そんなところ届かないわ……」


 眉をひそめるリリー。その声には諦めと困惑が混じっている。


 ピィィ!


 ゼロは荷物から予備の糸を取り出してくわえ、リリーのところへ飛んで行った。


「えっ!? これで長い仕掛けを作れって?」


 ピィ!


 ゼロは力強くうなずいた。その目には、「任せて!」という強い意志が光っている。


 果たして、長い糸の仕掛けをゼロはくわえて飛び、ポイントにポトリと落とした。空からピンポイントに魚群へと落とす、それはまさに究極の釣りだった。


「うわぁ……、確かにこれなら釣れそうね……」


 リリーは沖で小さく揺らめく浮きをジッと見つめながら、期待に胸を膨らませる――――。


 刹那、浮きがググっと水中に沈んでいった。


「え……?」


 一瞬何が起こったのか分からないリリー。


 ピィィィィィ!!


 ゼロはバタバタと翼をはばたかせる。その鳴き声には、してやったりという興奮が混じっていた。


「か、かかったの? もう?」


 リリーは半信半疑で竿を上げてみる。すると一気に竿は引っ張られてグググっと大きくしなった。


 竿先から伝わる強烈な生命力に、リリーの心臓が高鳴る。


「キャァ! た、大変だわ!」


 湖に引きずり込まれそうになりながら、リリーは必死に耐える。小さな体で大きな力と戦う姿は、まさに魚との格闘だった。


 ゼロも慌てて釣竿をくわえて引っ張る。小さな体で必死に力を込める姿に、リリーは心強さを感じる。


「あっ! リリーちゃん! 手伝うわ!」


 ニナも慌てて飛んできてリリーの身体に抱き着いた。三人の力が一つになる瞬間だ。


 三人は力を合わせて必死に魚と戦う。汗びっしょりになりながらも、諦めない三人の姿に湖面が輝きを増したように見えた。


 突然、水面から巨大な影が飛び出した!


「うわぁっ!」


 三人の驚きの声が響く中、空高く跳ね上がったのは――――巨大なトラウトだった。


 朝日に照らされて金色に輝くその姿は、まるで伝説の生き物のように神々しく見える。


「す、すごい……!」「うわぁぁ!」ピィィィィィ!


 リリーの目はキラリと輝いた。これを持って帰れば今晩は贅沢なディナーになる。


 俄然張り切って竿に力を込めた――――。

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