5. ゼロ
「リリー!」「リリちゃん!!」
集会場に詰めていた両親が、瓦礫を踏み越えるようにして駆けてくる。その声には、安堵と焦りが入り混じっていた。まるで時が止まったかのような一瞬の後、ペンギンを抱きうずくまるリリーの小さな声が響いた。
「パパ! ママ!!」
リリーの声が震える。それは喜びと悲しみが交錯した複雑な響きだった。まるで笑顔と涙が同時に溢れ出すかのように。
「おぉ! 無事だったか! 良かった良かった……」
父親の大きな腕がリリーを包み込む。その腕の中で、リリーの小さな体が震えた。安堵と悲しみが混ざり合う中、リリーの声が小さく漏れる。
「うん、ただ……フクが……」
リリーの声が途切れる。その言葉に、空気が凍りついたかのように静まり返る。悲しみの波が三人を包み込んだ――――。
「そうか……」
父親の声が沈む。キュッと結んだ口には、深い理解と悲しみが込められていた。言葉にできない思いが、その沈黙の中に満ちていく。
しばらくの間、三人は静かにただ抱き合っていた。その沈黙の中に悲しみ、安堵、そして失われた命への哀悼が混ざりあう。やがて、リリーの小さな声が静寂を破る。
「でも……。フクの温かさをなんだか今でもここに感じるの」
リリーは涙をぬぐい、胸をなでた。その仕草には、失われた存在への深い愛情が滲んでいた。
父親は優しくリリーの頭をなで、うなずく。
ペンギンの姿となった彼は、その光景をじっと見つめていた。彼の心の中で、二度と悲劇は起こしてはならない、これからは自分が彼らを守るのだと誓いを新たにした。その決意は、彼の小さな体の中で燃え盛る炎のようだった。
◇
「ところで……そのペンギンは?」
父親は怪訝そうな顔をして、リリーが抱いている彼を指さし、首を傾げた。
「あ、この子ね。爆発で飛ばされてきたみたい。しばらく飼ってみたいけどいいかな?」
リリーの声に、かすかな希望の色が混じる。それは、失ったものへの悲しみを少しでも和らげたいという願いのようだった。
「ピッ、ピピッ!」
ゼロは慌てて敬礼した。その仕草があまりにも人間らしかったため、家族全員が驚きの表情を浮かべる。空気が一瞬凍りついたかのようだった。
「あれ……? この子言葉が分かるの?」
母親は不思議そうにゼロの瞳をのぞきこむ。その瞳には、好奇心と戸惑いが混ざっていた。
言葉が分かっているのは不自然だという事に彼は気づき、焦ったが、今さら取り繕えない。冷や汗が背中を伝う感覚に、彼は目を不自然に泳がせた。
「ピッピッピー!」
首を振りながら翼をパタパタと揺らす。その姿は、まるで「違います、違います」と必死に否定しているかのように見え、明らかに挙動不審だった。だが、翼をパタパタさせる姿はコミカルで、思わず家族の顔に笑みが浮かぶ。
「変なペンギンね……」
母親はニヤッと笑いながらペンギンのほっぺたをつつき、彼は冷汗をかきながら宙を見つめる。その様子は、まるでお笑いの一幕のようだった。
「まぁ、放り出すわけにもいかんだろう。しばらくうちで面倒を見よう。それより家を直さないと……」
父親は瓦礫と化してしまった我が家を見回し、ため息をついた。その声には、これからの困難な道のりへの諦観が滲んでいた。
ペンギンとなった彼は、この家族の温かさと強さを感じながら、自分の新しい役割を模索し始めていた。彼の心の中で、守護者としての使命感と、家族の一員になりたいという願望が強く湧き上がっている。それは、彼の今後の人生に新たな意味を与えるものだった。
◇
「で、このペンギンの名前は?」
父親はリリーに優しくたずねる。その声には、娘を励ましたいという思いが込められていた。
「な、名前……ねぇ……。うーん……」
リリーは真剣な顔で考え込む。フクを思い出しながらもその表情には、新しい家族への期待が交錯していた。
「ペンギンのペンちゃんなんてどうかしら?」
母親はゼロのつぶらな瞳をのぞきこみながら言う。
ピ?
彼は思わず渋い顔をしてしまった。あまりにも可愛らしすぎる名前に、彼の中の何かが抵抗を示したのだ。
「気に入らないみたいよ? 丸いからマルちゃんとかは?」
ピィ……。
ゼロは首をかしげる。太古の昔から生きてきた超越的な存在としての自負がどうしても邪魔をしてしまう。その姿は、まるで困惑した老紳士のようだった。
「そうだな……形が丸いから、数字の『0』でゼロなんてどうだ?」
父親が提案した。その言葉に、ゼロの心が躍る。
ピッ、ピッピッ!
ゼロは嬉しそうに鳴き、翼をパタパタさせた。そんなにいい名前ではないとは思うが、可愛い名前を付けられるよりはここらで手を打っておきたかったのだ。その反応に、リリーが驚きの表情を浮かべる。
「えっ? こんなに可愛いのにゼロ……? 本気?」
リリーの声には、少しばかりの戸惑いが混じっていた。
ピィピィ!
ペンギンはビシッと敬礼して強い意志を示す。
「分かったわ、ゼロ! まん丸のゼロ! よろしくねっ!」
リリーはキュッとゼロを抱きしめた。その腕の中で、ゼロは安堵に包まれる。
よく考えれば今、自分には何もない。そういう意味でゼロとは実は自分にぴったりの名前だったのだ。
ピィィィ!
新たな名をもらい、ゼロは力が湧き上がってくるのを感じる。それは単なる名前以上の、この世界での新たな存在意義を示すものだった。
家族の笑顔に包まれながら、ゼロは決意を新たにする。この家族を、この世界を守ると。小さな体に宿る大きな力と、新たに芽生えた愛情を胸に、ゼロの新たな冒険が始まろうとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます