ななつのボタン
やざき わかば
ななつのボタン
気付いたら、見知らぬ人々と、妙な部屋に閉じ込められていた。
俺を含めて全部で七人。年齢も経歴もバラバラ。どうやら見知らぬ同士、無作為に選ばれたものがここに運び込まれたらしい。
部屋を見回してみる。真四角な部屋に、壁に大きなボタンがななつ。反対側には扉があるが、どこに繋がっているのか、そもそも開くのかどうかすらも疑わしい。
七人全てが意識を取り戻し、わけのわからない様子でキョロキョロしているなか、突然部屋の中に声が響き渡った。
「ようこそ、僕の考えた最強のゲームの部屋へ。君たちは選ばれた七人だ。これから君たちには、生き残りと大金をかけて、勝負をしてもらうよ」
どうやら、この声の主が俺たちをここに連れてきた張本人らしい。
「君たちの前に、ななつのボタンがある。君たちは好きなボタンを、それぞれ自由に押してほしい。ただし」
声の主は、もったいぶるように一度声を切り、そしてゆっくり、話しだした。
「そのななつのボタンは、『ななつ同時に押されると、全員が生き残り、その時点で脱出』。この場合は、賞金の五億円を七人で分けることになるね」
「だけれど、そのななつのボタンには、もともと『他の人は全員死に、押した人だけが助かって五億円を独り占め』という効果を持つものがひとつ、残りのむっつには『押した人だけが死ぬ』」という効果が付与されている」
「つまり、七人で押すと決めたとしても、もしひとり、押さない裏切り者がいたとしたら、確実に六人は死ぬ」
「七人で五億円を山分けして脱出するか、一人だけ生き残って、五億円を独り占めしたうえで脱出するか。どちらかというわけさ」
俺たちの中に動揺が広がる。
「まずは、好きなボタンを選んでね。あとは自由にしていいよ。ボタンの位置を取り替えてもらうなり、いきなり押してみるなり。では、スタート」
声がやんだ。俺たちはすぐには動けず、お互い周囲を見回す。
「はん。どうせ嘘だろうこんなもの。大体今の声だって、ガキの声じゃねぇか」
「だったら、ボタンを押してみろよ。そしたらわかる」
チンピラみたいなやつと、アスリートみたいなやつが言い争いを始めた。どちらの言い分もわかる。だが、この異様な雰囲気。
明らかに、五億円を独り占めしようとする空気が充満し始めている。
冗談じゃない。大体、俺は資産家なんだ。五億円ごときで死んでたまるか。この貧乏人どもが。お前らのさもしい欲望に巻き込むな。
「なぁ、五億円を七人で割るにしても、結構な大金じゃないか。お前らには十分だろう。とりあえずそれで、金を貰って外に出たらいいじゃないか」
「あ? 何を他人を見下してんだお前は。見たところ、良い服や時計じゃないか。お前みたいなもんが、口では綺麗事を言って庶民から搾取してんだろうが」
「まったくだ。お前みたいなやつが、うまいこと我々から五億円を奪っていくんだ」
ダメだ。話が通じない。
それからも、全員が全員、お互いを疑い、言い争い、自分の出自を誇示し相手を見下すという、不毛な争いが続いた。
なんとか、自分だけが五億円を持ち帰りたい。なんとか自分だけが生き残りたい。全員で助かって帰ろうとする人間は皆無だった。
「まだやってるの? 彼らは」
「はい。相変わらず、ボタンには触りませんね」
「そうか。何度やっても、やっぱりダメだね」
「後ろにある出口のドアも、カギなんてかかっていないし、『出られない』とも言っていないのに、誰も出ていきませんしねぇ」
「ボタンだって、押しても誰も死なないし、迷惑料の一千万円が出てくるだけなんだけどね。しかし不思議なのは、声しか聞かせない怪しい人間の言葉を、何故そこまで信じられるのかってところなんだよね」
そう。全てが嘘だった。ドアにカギすらもかかっていなかったのだ。
「帰ろう。また代わり映えのしないレポートを書くことになって、憂鬱だけどね」
「かしこまりました」
そして、哀れな七人は、首謀者らが去ったその場所で、延々と不毛な争いを繰り広げるのであった。
げに恐ろしきは、思い込みと疑念に凝り固まる、人間の性なり。
ななつのボタン やざき わかば @wakaba_fight
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