第12話:愛の試練①


 穏やかな言葉どおり、攻撃を受け止めたエドアルドは苦悶の表情など一切浮かべていなかった。それどころか逆に受け止めたマーゾの手首を掴んで動きを封じている。

 そこからはもうエドアルドの独壇場となった。

マーゾから繰り出される反撃を何度も躱しながら、攻防の隙を見て舞うように蹴り上げる。この型は日本の空手技だ。一目で気づいたセイは、母の国の武術で戦うエドアルドの姿に心を湧かせた。


「ボス、格好いいでしょ?」

「そ……れは……」


 問われ、セイは口籠もる。

 立場上、自分はエドアルドを賞賛してはいけない。けれど必死にマーゾと戦う姿を見ていると、勝手に胸が高鳴ってしまう。


「ボク、ボスのこんな姿、初めて見たよ。ボスはいつも優しく笑っているか、真面目な顔で仕事をしているかのどちらかだから」

「そうなんだ」

「ここまでボスが本気になるのは、相手がセイだからだよ。だからこの格好いい姿を、じっくり見てあげてね」


 子どもらしからぬ大人びた物言いを前に、セイは首を振って拒絶することはできなかった。いや、正直な話、イヴァンに諭されるよりも先に、セイの本能が拒絶できなかったと言った方が正しいのかもしれない。


 セイが攫われたと知って、いつもの冷静さを失うほど焦燥しながらも懸命に救い出そうとしてくれいる。そんな熱い姿に心が動かされないわけがない。


「あー、もうマーゾったら、ここでボスに負けちゃダメなのに」


 拳技を得意とするマーゾは耐久力では負けていないものの、腕と足の長さの違いからエドアルドになかなか攻撃を当てられないでいる。その様子を見て、イヴァンがやきもきした素振りを見せた。


「ええっ? ここでエドアルドが勝っちゃだめなの?」


 てっきりエドアルドがマーゾに勝利して、この誘拐騒動は終止符が打たれるものだと思っていたが、イヴァンの思惑は違うものらしい。


「まったく、こんな時に本気の力試しなんてしてないで、さっさと奥の手を使ってよ!」

「お、奥の手?」

「そう。マーゾがボスの隙を見て、『あー、あんなところにセイ様が!』って叫ぶの」

「……それってかなり古典的じゃ……」


 奥の手というものだからもっと凄い裏技でも隠しているのかと思ったのに、と違う意味で驚かされる。だが、モニタの中のマーゾが明後日の方向を指差し、何かを大きく叫ぶと、瞳を大きく開いたエドアルドが慌てて同じ方向に振り向いて。


「あー……」


 見事に引っかかってしまったようだ。

 その瞬間を狙って、マーゾがエドアルドに思い切り体当たりする。すると当然ながら構えを解いたエドアルドの身体は簡単に飛ばされ、砂浜の上に尻餅を着いてしまった。


「やっぱりボスはセイが大好きなんだね」

「……それ、喜ぶべきなのか、頭を抱えるべきなのか迷うところだよ」


 自分のせいでエドアルドが一本取られたなんて、申し訳ない気分にしかならない。眉間に指を当ててため息を吐いていると、隣でイヴァンがケラケラと笑いながら「見て見てっ」とモニタを指した。

 今度は何だとため息を吐きながらも言われたとおり顔を上げると、モニタには尻餅をついたエドアルドが突然覆い被さってきたマーゾに靴を脱がされ、奪われるという奇妙な光景が映し出されていた。


 その後、エドアルドの靴を両手に、満身創痍のマーゾが全速力で逃げていく。

 当たり前だがその場に取り残されたエドアルドは、裸足のまま唖然としていて。


「ねぇイヴァン、これは一体……」

「大丈夫だよ、靴はちゃんと後で返すことになってるから」

「いや、返すとか返さないとかの前に、どうしてエドは靴を取られたの?」

「うーん……簡単に言えば、試練かなぁ?」

「試練?」


 マフィアの世界に裸足になる試練などあっただろうか。首を傾げるセイと一緒に、映像のエドアルドも困惑の表情を浮かべている。多分、彼自身も自分が置かれている状況を理解しきれていないのだ。

 だが、このまま座っていても埒が明かないと言わんばかりに立ち上がり、エドアルドは灯台の入り口へと入っていく。


「さて、今からがお楽しみの時間だよ」

「まだ試練が続くのっ?」

「勿論っ!」


 この子は天使の顔をした悪魔か何かか。イヴァンの笑顔に些か戦慄を覚え、肩が小さく震える。

 エドアルドは本当に大丈夫なのだろうか。これはもしや、こちらから進言して試練とやらの手を緩めて貰うべきなのだろうか。

 色々と思考を巡らせてみるが、そうこうしている内に次の試練が始まってしまう。

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