第65話 グリフィス王国、奏上後


「全く、あれだけ揉めて結論が武器の整備などと」


 グリフィス王国の副宰相、ジグスタ伯、コッバス・ジグスタは大きく溜息をついた。


「まぁ、武器の点検も必要なことではあるさ」


 慰めるように武官のゾワンが言う。執務室の中には2人きりだ。



 ジグスタ伯はロフリク王国へ先制攻撃を行うよう、グリフィス王に奏上した。


 プライドの高いグリフィス王の不評を買わないように『今後ロフリクが優位になる』という分析は伏せ、ロフリク王国がグリフィス王国攻撃の準備を進めている旨を説明したのだ。

 その上で「侵攻されれば撃退できるとしても国土が荒廃します。何より敵の準備が整うまで待ってやるなど愚の極みです」と先制攻撃を求めた。


 だが王の側近達の意見は割れた。「身の程知らずのロフリクを血祭りに上げましょう」と賛成する者と、「ロフリク国王にグリフィスを攻める勇気などないから誤情報だ」と反対する者に分かれてしまった。優勢なのは後者だった。


 最終的に宰相のナルテラ公が先送りを主張して王もそれを支持、長らく使っていない武具の点検整備だけは行いつつ、更なる情報収集を行うことになった。


「それで、情報収集は大丈夫なのか? ロフリク王都の間者スパイが何人も狩られ、ガスティーク領の重要施設も警備が強化されたのだろう」


「少し厳しい。だが一番太いルートは生きているし、何とかなるだろう」


「なら良いが。しかし、反対派はどうして誤情報などという主張を?」


 概要は聞いているが、直接奏上の場を見ていないゾワンが問う。


「王の周りにいる御機嫌取り達、あれらは基本的に自分の利益しか考えてはいない」


「ああ、それは分かる」


「だが、一方で最低限の知能はある。ロフリク王国と戦う場合、敗北する危険が相当程度あることは、側近の過半が理解している」


「ふむ。まぁ前回負けた訳だしな。更には "奇跡の3年" という恐ろしい連中までいる。楽に勝てると思っていたら相当な馬鹿だろう」


「うむ。特に双子を恐れているようだ」


 風属性適性10の真正双子、セレーナとラーシャ。適性10最高値の真正双子は当然ながら極めて稀だ。神話めいた東方の伝承は伝わっているものの、信頼できる文献としては前例がない。そのためどの程度の脅威なのか、予想はできても本当のところは分からない。


「まだロフリクが本当に攻めてくるかも分からないのに、負けるかもしれない戦争は嫌だ、というのが本心だろう。それに戦わざるを得ないとしても、一旦は消極的な立場を取っておけば、もし負けた場合に積極派を糾弾する側に回れるからな。負ける話をして王の機嫌を損ねては不味いから『誤情報』という主張になっている訳だ」


「なるほど。ちなみに賛成派は?」


 ゾワンの問いにジグスタ伯は溜息を一つ。


「相当な馬鹿だよ」


「……酒でも飲むか?」


「要らん。酔う余裕などない。奴らに首を縦に振らせるためにはあと一手、何かが必要だ」


 『何か』などと漠然としたことしか言えない自分が情けなく思えた。


「そうだな……他には何かあるか?」


「大した話はないが、情報共有しておこう。リスティ・シャン・ガスティークが無事に出産したようだ。そのとき『音魔法』によって都市中に音楽が流れ、レミルバ市内はお祭り騒ぎだったそうだ」


「都市中に!? そうか、あの双子か。都市丸ごととはやはり恐ろしい魔力だな。情報は確実か?」


「レミルバの間者スパイ複数ルートからの情報だ。信じて良いだろう」


 間者スパイ同士は互いに存在を知らされておらず、情報の伝達役も異なる。口裏を合わせるのは不可能だ。


「ただ、間者スパイはガスティーク邸は疎か陪臣の屋敷にすら入り込めていない。飲み屋の給仕や花屋の店員が限界だった。だからもしガスティーク家が市民ごと騙していれば話は別だ」


 ジグスタ伯の補足に、ゾワンはそっちじゃない、という顔。武官としては子供が生まれた話よりも魔法の話が重要ということだ。


「ああ、音楽の方は間者スパイが直接聞いている。確定だ」


「分かった。しかし、ガスティーク家の防諜能力は高いのだな。その辺に強いイメージはなかったが」


「結果として高い、といったところだ。防諜組織が強い訳ではないが、家臣の結束が固いし、何よりレミルバ市民の忠誠心が高過ぎる。市民の前で少しでも怪しい動きを見せれば即通報される。賄賂も効かん」


「それは……厳しいな」


 領民が領主に忠誠心を持つ領地の軍は強い。ゾワンが言うのはその意味だろう。


 二人揃って、溜息をついた。



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