保育園で恋愛はアリですか?
宮田弘直
僕の家は保育園
「おっ、お前の名前、見つけたぞ。高校生活2年目で初めて同じクラスだな、遥希」
「良かった。久々に同じクラスだね」
昇降口前に貼られた二年三組のクラス表から視線を外し、小学校からの友人である成田優吾が見ていた一組のクラス表から自分と優吾の名前を見つけ出した。
「小学校からずっと同じクラスだったからね。優吾が同じクラスだと心強いよ」
小学校の頃、僕は集団の中に入ると緊張して上手く発言できないことが多くあった。
しかし、優吾が僕が発言する機会を作ってくれて、そうした中で集団の中でも緊張せず発言する事が出来るようになっていた。
「そこはお互い様だろ。とにかく一年間よろしくな」
僕たちは二年一組のクラスに入り、自分の席で準備をする為に一度分かれた。
しばらくすると準備を終えた優吾が僕の席に来て口を開く。
「遥希、今教室に入ってきた女子、見てみろよ」
優吾が顎で示した方に視線を向けると一人の女子が黒板に貼られた席順の表を見ている所だった。
真っ直ぐの黒髪が肩まで伸びていてその髪から覗く目は力強くもどこか親しみやすさを感じる。
思わず、その女子に目を奪われ、固まっていた僕をニヤニヤしながら優吾は言葉を続ける。
「美浜優香、知らないか? 俺のクラスに凄い美人がいるって話したことあったろ?」
「あったかもしれないけど、優吾は女子の話ばかりだから覚えてないよ」
目を奪われていた事を指摘され、恥ずかしくなった僕はすぐに少し強い口調で言葉を返す。
しかし、優吾は気にせずニヤニヤと僕を見続けている。
普段、女子の話題になっても僕の反応が薄いことが多いから面白がってここぞとばかりに揶揄ってきているのだ。
どうにかこの恥ずかしい気持ちを落ち着けようとしている僕に優吾はさらに言葉を続ける。
「いつも小さい子たちばかり追いかけてる遥希でも、やっぱり見惚れるか」
「ちょっと、言い方に悪意を感じる!」
このクラスにはまだ話した事がない生徒も多いのだ。
初日からこんな誤解が広がったら一年間居心地が悪くなってしまう。
「悪い悪い。遥希が異性に興味を持つ瞬間を初めてみたから、ついな」
「だから、小さい子にしか興味持つわけじゃないって何度も言ったじゃん」
「だから、悪かったって。これで遥希がロリコンじゃない事が証明されたな」
「また、そういう事言ってるし」
「成田君の友達は小さい子が好きなの?」
優吾の悪ふざけに対してどうしようかと頭を抱えていると僕の後ろから優吾の声ではなく女子の声が聞こえた。
慌てて振り返るとそこには先程話題に上がった女子、美浜さんが楽しそうに微笑み、こちらを見ていた。
先程、可愛いなと思った女子がこんなに近くにいると緊張と驚きが合わさって固まってしまう。
「まぁ、その質問だと答えはYESだろうなぁ」
そんな僕の様子を見て優吾は僕の方を向いて軽い調子で言ってくる。
そもそも、今の状況は完全に優吾の所為なのだが、初対面の女子相手には未だ苦手意識がある僕に対してのフォローなので少しは感謝の気持ちを感じながら口を開く。
「それはそうかもしれないけど、ここまでの会話の流れだとYESは絶対駄目でしょ」
「そうか?」
「そうだよ、誤解されちゃうよ」
優吾とのやり取りもあり、少し気持ちが落ち着いた僕は美浜さんの反応を見ようと顔を向けた。
美浜さんは口に手を当てて可愛らしく笑っていた。
そんな様子を見せられるとまた気持ちが落ち着かなくなってしまう。
「はぁ、面白い。二人は仲良しなんだね」
「まぁ、小学校からの仲だからな」
「私は同じ中学校からこの高校に進学した子がいないから羨ましいな」
「でも、こんな風に揶揄ってくるからそんなに良いものでもないよ」
二人が会話をしている間に再び調子を取り戻した僕は軽い調子を意識しながら答える。
そんな僕の言葉に対して、美浜さんはふふっと軽く微笑むと僕の方に視線を向ける。
「成田君とは去年同じクラスだったからつい話しちゃったけど、自己紹介がまだだったね。美浜優香です。よろしくね」
「市川遥希です。よろしく、美浜さん」
自己紹介を終えると美浜さんはわざとらしくゴホンと咳の真似をする。
「ところで清水君は本当に小さい子が好きなの?」
「だから、違うって!」
続けて詳しく説明しようとしたが、そのタイミングで担任が入って来てしまった。
「あっ、先生だ。じゃあね」
そう言うと美浜さんは自分の席に戻って行ってしまった。
「絶対誤解されてる……」
そう嘆く僕の肩に優しく優吾が手を乗せるのだった。
初日という事もあり、ホームルームが終わるとすぐに解散になる。
朝の誤解を解こうとも思ったが、美浜さんは数人の友達と席で話していた。
僕にはあそこに入り込む勇気はないし、行く所も合ったので、誤解を解くことは次の機会にしようと諦めた。
そんな事を考えていると、準備を終えた優吾が声を掛けてきた。
「遥希、この後どうする?時間あるし飯でも食べに行くか?」
「優吾ごめん、この後手伝いに行かなくちゃ行けないんだ」
「そうか、それじゃ仕方ないな。それにしても初日から大変だな」
「パートの人の中には小学校のお子さんがいる人もいるからね。小学校も今日始業式で帰りが早いからパートの人も午前中で帰っちゃうんだって」
「成程な。まぁ、前行った時中々楽しかったから、頻繁にとはいかないけど、声掛けてくれよ。役に立たないかもしれないけど手伝うからさ」
「皆凄く楽しかったって言っていたから、また来てくれると助かるよ」
「おう、じゃあ頑張ってな。また明日」
「うん、また明日」
そう言うと僕らはそれぞれ帰路についた。
自転車で桜並木を横目に十分程。
高校から駅に向かう道の途中に僕の家がある。
着いた先は保育園。
ここ市川保育園は、僕の両親が経営している保育園だ。
戦後から続いているとの事で長い歴史がある、一歳から五歳までの子を預かっている保育園である。
僕は保育園の隣にある自宅の前に自転車を止めると家で制服から上下のジャージとエプロンに着替え、母が用意してくれた昼食を食べ、保育園に向かった。
保育園はL字型になっており、直角に当たる部分が職員室で縦横の線は廊下に当たり、縦の廊下の右側は職員室に近い方から一歳児、二歳児クラス、そして廊下を挟んで左側は職員室に近い方から給食室、物置がある。
そして、横の廊下の上側に職員室に近い方から三、四、五歳児クラス、そして突き当たりは全児童が入れるホールとなっている。
僕は玄関からすぐの職員室に入るとそこには父親である園長が机で事務作業をしていた。
「お疲れ様、父さん。今日はどのクラスに入れば良い?」
「すまんな、遥希。茂原さんと旭さんが午前まてで四歳児クラスは母さんが入るから、遥希は三歳クラスに入ってくれ」
市川保育園は児童の数が少なく、一、二歳児クラスがそれぞれ二人担任、三、四、五歳児クラスがそれぞれ一人担任である。
それに加え、パートの保育士がそれぞれ三、四歳児クラスに一人ずつ入っている。
四歳児クラスは、椅子に座ってられない、落ち着きがあまりない多動気味の児童が一人いるので、母さんが今日は入っているのだろう。
「分かった。じゃあ、行ってくる」
時刻は午後三時前、まだお昼寝の時間だ。
三歳児以上になると体力も増えてくるのでお昼寝をしていない子も多くいるのだが、寝ている子を起こしてはいけないので、音を立てないよう廊下を進む。
桃組と書かれている扉を音を立てないよう開けて中に入る。
市川保育園は果物の名前でクラス名が付けられていて、一歳時クラスがさくらんぼ組、二歳児クラスがいちご組、三歳児クラスがもも組、四歳児クラスがぶどう組、五歳児がパイナップル組となっている。
もも組に入ると担任の白井先生が子ども用のテーブルで連絡帳を書いていた。
白井先生が僕に気付き顔を上げた。
「お疲れ様。遥希君ありがとね。もう少しで起きる時間だから少しゆっくりしてて」
白井先生は市川保育園の職員の中で中間辺りの勤務年数で様々な事によく気付く視野の広い先生だ。
「分かりました」
僕はそう答えると部屋の中を見回す。
もも組は六人のクラスで、それぞれがコットベットで横になっていた。
コットベットとは畳まず重ねる事が出来るベットで子ども達はそこに横になり、体の上にタオルケットを掛けてお昼寝をする。
見ると、お昼寝の時間も終盤なので、四人程起きていてコットベットの上で静かにしていた。
市川保育園では寝れなかったり、起きてもお昼寝の時間が終わるまでトイレや何かあった時以外は立ち歩かず横になって静かにしている事が約束で、四人はそれをしっかり守っていた。
やがて時計の針が午後三時を示すと白井先生はゆっくり立ち上がった。
「さぁ、皆起きて〜 おやつ食べるよ〜」
その声を聞き、子ども達は「はーい」や「おはよう」と言いながら起き上がり始めた。
子ども達が起きてから初めにする事はタオルケットを畳み自身のロッカーに入れる事だ。
タオルケットは家から持参して貰い、週末に持ち帰ってもらっている。
僕に気付いた子ども達が「市川先生だ〜」や「今日もも組さん? 一緒に遊べるね!」と口々にし、それらに答えながら僕はタオルケットを畳むことが難しい子の手伝いをしつつ、空いたコットベットを教室の隅に重ねていく。
タオルケットを片付けた子供達は順番に廊下に出てトイレに向かう。
コットベットを重ね終えた後は教室の端に寄せてあったテーブルを中央に置き、周りに椅子を並べていく。
そうしているとトイレが終わった子から戻ってくるので、椅子に誘導していく。
全員が座り終えたタイミングで今日のおやつを栄養士の我孫子さんが持ってきてくれる。
子ども達は「今日のおやつなに〜?」「おにぎり?」と興味津々だ。
我孫子さんと協力しておやつとコップを配り、麦茶を注ぐと準備完了だ。
「今日のおやつはしらすのおにぎりです。残さず食べてね〜」
おやつの準備を終えた事を確認し、我孫子さんがそう皆に告げると「はーい」という元気な返事や「目が付いてるよ!」等、反応は様々だ。
ちなみに市川保育園ではその日の給食の献立が米以外だとおやつには必ずおにぎりが出る。
市川保育園の創設者が日本人の主食である米を毎日食べてもらいたいとの考えで、それが今でも受け継がれている。
おやつの説明が終わると皆でおやつの歌を歌う。
「じゃあ、皆手を合わせて。……いただきます」
「いただきます」と白井先生の号令に子ども達の元気な挨拶が続き、おやつの時間が始まった。
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