第37話 新年の王都
毒慣らしの最後の最後で寝込んだライリーは、残りの年末をベッドで過ごすことになった。
発熱の山は越えたが、微熱が続いていたせいだ。
イーファ曰く、毒慣らしをきっかけに、これまでの疲れが出ているのだろうとのことだ。
どちらにしろ、あと数日で年越しを迎える。
それならいっそのこと、今からゆっくり休みを取ればいい。
イーファはカラッと笑い、看病役をユリウスと交代する。
そのユリウスはというと、ライリーの看病中、まともに休まなかったことをイーファに叱られていた。
ユリウスの疲れた様子を見て、自分の体以上に彼の体が心配だったライリーがイーファに密告したのだ。
ユリウスまで体調を悪くしたら元も子もない。
そんな当たり前のことを注意されたユリウスは、罰の悪そうな顔をしていた。
反省したユリウスはイーファと交代すると、ライリーの隣のベッドで寝始める。
やはり疲れていたようで、ユリウスが寝入るのはあっという間だった。
(やっぱり疲れていたんじゃん)
呆れが半分。
そうなるまでライリーを心配してくれたと、込み上げてくる嬉しさが半分。
爆睡しているユリウスを眺めながら、ライリーもまた目を閉じることにした。
療養中、ユリウス以外の面会が解禁されると、影たちは競うようにライリーの見舞いに来てくれた。
ライリーの体調を気遣ってか、来訪時間は短かったが、ライリーを心配してくれる気持ちは十分に伝わってくる。
ドハティ公爵やミカエラ、そして国王をはじめとする王族からは、見舞いの手紙と消化に良いとされる果物が贈られてきた。
本当は見舞いに行きたいが、年末年始のパーティが連日開催されるため、会いに行くことができない、早く元気になりますように。
読みやすい筆跡からは、それぞれの人柄とライリーを気遣う気持ちが滲み出ていた。
多くの人に支えられ、そして、期待されている。
たくさんの想いを受け取り、それを実感したライリーは、ケイトの料理や贈られた果物をどんどん食べ、体を回復させていった。
そして、迎えた新年。
ライリーは、人生で初めて新年を王都で迎えた。
年末年始であろうと、影たちの仕事はいつも通りだ。
とはいえ、新年を祝うパーティが開かれている分、いつもより少し忙しそうだ。
そんな影たちのために、屋敷には新年を祝う飾り付けがしてあり、食事も新年仕様で普段より数倍豪華だった。
毒から回復したライリーだが、ミカエラの影武者が任務のため、元々年末年始は休みになっていた。
例に漏れず、ライリーも料理に舌鼓を打ち、新年の雰囲気を楽しむ。
しかし、新年に浮き足だったのも最初の二日くらいだ。
新年とはいえ、休みには変わらない。
年末からずっと休んでいたライリーは、その間に娯楽という娯楽をやり尽くしていた。
ユリウスと対戦するチェスはもちろん楽しいが、こうも毎日していると飽きてくる。
地下の訓練場で軽く体を動かすのは多少の気晴らしにはなったが、やはり退屈だ。
「なんか面白い話ないの」
「あったらすぐに話してる。俺もネタ切れだ」
「暇って意外と地獄だね」
軽い鍛錬と朝食をすませたライリーとユリウスはサロンでボードゲームをしていたが、それもすでに飽きてしまった。
貴族名鑑や勉強用の本は、ケイトから「休みの日は休みなさい」と言われ、没収されている。
何にもすることがない。
まるで監獄の中の囚人にでもなった気分だ。
「街、行くか?」
「行く!」
ぽつりとユリウスが溢した言葉に、ライリーは勢いよく飛び付いた。
実は、冬になって毒の慣らしが始まってからは、万全の体調で挑むことを優先していたため、外出を自粛していたのだ。
当然のことではあるが、年末に毒で寝込んでからもそれは続いており、朝の鍛錬も普段より軽いものになっている。
毒の慣らし作業も終わり、体の調子も戻ってきた。
もうしばらくすれば、外見もミカエラに近づける予定だと聞いていたため、外出するなら今しかタイミングがないはずだ。
「ドハティ公爵閣下からいただいた軍資金はまだ残っている。初売りも今日から始まるし、見て回るだけでも面白いと思うぞ」
「いいね、決まり!」
そうと決まれば、ライリーとユリウスの行動は早かった。
ユリウスの部屋に向かい、外出用の服に着替える。
そして、ユリウスに化粧をしてもらい、どこからどう見てもライリーとは別人の顔に変えてもらった。
この変装だが、ライリーは何度か自分で化粧に挑戦したことがある。
しかし、残念なことに、ライリーには化粧のセンスがなかった。
廃墟の奥に飾ってある呪いの仮面のようになってしまい、ユリウスを腹が捩れるまで笑わせてしまったのだ。
できないことは、できる人に任せればいい。
悔しくはあったが、人には向き不向きというものがある。
開き直ったライリーは、それ以降、化粧をユリウスに任せるようになった。
泥で服や肌を汚せば、どこからどう見てもただの平民だ。
準備ができたライリーとユリウスは、羽が生えたかのような足取りで街へと出発した。
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