第16話 その理由はギャップにある
隠し扉が閉まり、足元の灯りがぼんやりと通路を照らし出す。
浮かび上がったのは、無言で手を差し出すユリウスの姿だ。
隠し通路では静かにしなければならないとわかっているため、ユリウスが無言であることは納得できる。
しかし、その真意がわからない。
ライリーは澄まし顔のユリウスのを凝視し、その真意を汲み取ろうとしたが、その前に右腕を取られた。
(何……⁉︎)
心臓が飛び出るほど驚いたが、それはすぐに納得へと変わる。
ユリウスはライリーの手を取ると、自分の腕に掴まらせたのだ。
ここに来た時と同じく、ユリウスを支えにしろということのようだ。
(借りを作るのは嫌なんだけど……。背に腹は変えられないか)
これから長い時間、歩くことになるだろう。
そうだとすれば、ユリウスの好意に甘えた方が体の負担は少ない。
ユリウスへの反発心を、これは合理的な判断なのだと宥め、彼の腕を掴んだ手に力を入る。
それを確認したユリウスは、ゆっくりと歩き始めた。
ユリウスに導かれ、暗く狭い通路を無言で進む。
何度も角を曲がり、階段を降りるが、その途中で尻の痛みに襲われた。
あの豪奢な部屋で休憩が取れたとはいえ、酷使した尻はそう簡単に回復しない。
ユリウスの無言の優しさがとてもありがたかった。
やがて、行きでファングが「ここから静かに」と告げてきた場所まで来た。
物音を立てないように気を遣っていたライリーは、ふっと肩の力を抜く。
大きく深呼吸をすれば、生き返るような心地になった。
ユリウスも、緊張から解放されたとばかりに口元を緩め、大きく伸びをする。
そして、ライリーが息を吐き切るのを待ってから口を開いた。
「話していたとおり、これから頭の屋敷に向かう。任務期間はそこで過ごしてもらうことになるが、基本的に一人部屋だし食事や風呂もある。気兼ねなく過ごすといい」
「気兼ねなくと言われましても……」
一人部屋なのはありがたい。
だが、場所は公爵家の邸宅だ。
生活水準が格段に違うことは明らかで、今までより贅沢な生活に馴染めるかどうかは未知数だった。
「これから行く先は、公爵家の使用人棟に見せかけてある。そこには影しかいないから固くなるな。影には確かに貴族出身もいるが、平民出身やライリーみたいに孤児だったやつもいる。屋敷には基本的に平民の構成員しかいないからすぐに慣れるさ」
「はい」
「敬語はいらない。指揮系統はあるが、上下関係の意識は薄いからな」
「わかりっ……わかった」
基本的に平民の構成員としか関わらないのであれば、たしかに気が楽だ。
上下関係も緩いのであれば、農場にいる時とそう変わらないのかもしれない。
しかも、この複雑怪奇なユリウスに敬語使わなくていいのなら万々歳だ。
昨日から今日まで、うっかりポロッと不敬なことを言いそうになっていたから助かる。
そう思えば、ますます肩の力が抜けてきた。
「それでいい。ライリーとは対等がいいからな」
「なんで?」
「俺はこの任務が終わるまでライリーとバディだ。表向きには、俺は実家に帰省中、装備なしの状態で魔獣に襲われて重体ということになっている」
「それって、ずっと一緒ってこと?」
「そういうことになる」
「そっ……れは、よろしくお願いします」
ライリーは、ここがぼんやりとしか周りが見えない暗闇でよかったと胸を撫で下ろした。
でなければ、苦虫を噛み潰したような顔をユリウスに披露していただろう。
きっと、この人選は変更不可だ。
良く思っていない相手でも、九ヶ月も一緒にいるなら、波風は立てたくない。
ライリーは諦めて、いや、腹を括って、この難解なユリウスに慣れるしかないのだろう。
「ああ」
ユリウスはクスッと笑いながら短く返事をした。
今のやり取りの何が面白かったのか、ライリーにはさっぱりわからない。
ただ、ユリウスが上機嫌ならそんなに気にすることでもないのだと思うことにした。
少し歩き、再び動く道で移動する。
二回目にはなるが、やはり変な感じがした。
(この感覚、そのうち慣れるのかな)
ライリーは、そうであればいいと願いながら、遠くまで続く通路の奥を眺めた。
聞こえるのは、耳の横を通り過ぎる空気の音と、ライリーとユリウスの呼吸音だけ。
無言の空間に耐えきれなくなったライリーは、おもむろに口を開いた。
「ひとつ、質問していいか?」
「何個でもどうぞ」
どうしても疑問で、しかし、本人たちにぶつけることは流石にできなかったことだ。
「さっきいた部屋。ドハティ公爵の部屋なんだろうけど、敵対しているはずの王太子と第二王子が同じ部屋にいていいのか?」
「大丈夫だ。王太子殿下は表から入っているが第二王子殿下は隠し通路から入ってきている」
「ああ、なるほど」
この隠し通路、元々は王家の避難用通路だ。
そして、影の次期頭目であるミカエラが使えないわけがない。
言われてみれば納得だった。
「この通路も迷路のようだが覚えれば簡単だ。そのうち覚える」
「簡単? 地図があるのか?」
「ない」
「じゃあどうやって?」
「王族と影にしか見えない目印がある。向こうに着いたら登録作業するから、次回からはわかるようになる」
「期待しておく」
ユリウスはこう言うが、地図がない以上、結局は歩いて地道に覚えるしかなさそうだ。
これから貴族のマナーや教養を覚えなければならないライリーにとっては頭の痛いことだった。
「ああ、あと無理して喋らなくていいからな」
「なんで?」
「元は人見知りだろ。相手が俺たちだったから頑張って話してたの、なんとなくわかったから」
ライリーは、舌を巻いた。
二日も満たない時間しか過ごしていないのに、ライリーが人見知りであるとよくわかったものだ。
失礼のないように気を張っていたし、なるべく話しかけられたら動揺せず答えるようにしていたつもりだった。
ユリウスはそれがわかるまで、ライリーのことをよく観察していたということなんだろう。
「それはどうも」
「まあ、慣れたら普通に話してくれよ」
「あんた相手ならもう慣れたよ」
ライリーは肩をすくめ、大丈夫だとアピールする。
気を遣ってくれるのはありがたいが、この二日で十分慣れた。
嫌悪している貴族のはずなのに、なぜか憎めない。
いつもは相手に慣れるまで、それなりに時間がかかるはずだが、ユリウスには不思議と遠慮なく話すことができる。
それこそ、幼い頃からの悪友のように。
それが何故なのかはよくわからないが……。
「なんだそれ。嬉しいな」
ふはっと笑いながらそう答えるユリウスの顔は、薄暗くてもよく見えた。
これだ。
憎まれ口を叩いたかと思えば、優しくしたり無邪気に笑ったりする。
(ギャップが激しすぎるんだよ)
そのギャップに振り回され、感情が追いつかない。
混乱したままユリウスと話すことで、ある意味何も考えずに話すことができるのだ。
ライリーはそう結論付け、もぞりと体勢を変え、さらにユリウスへ寄りかかった。
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