第8話 影
そこには、冒険者ギルドのギルドマスターであるジャクソンが焚き火をしつつ、魚や何かの肉、野菜を焼きながら待っていた。
その姿は、ライリーにディレの森を案内し、野営や魔獣の調理方法を教えてくれた時と同じで、ファングたちがいなければ、彼と森へ入ったのだと錯覚するほどだ。
(なんでジャクソンさんがここに?)
呆然とするライリーを他所に、ジャクソンはいつもと変わらない笑顔を披露した。
「おう、時間通りだな」
「お待たせしました、ジャクソン様」
「敬称付けて呼ぶのやめろ。今はしがないギルドマスターだ」
「何を言ってるんですか。副業でしょう」
「本業より忙しいんだよ」
ジャクソンは気軽に、軽快にファングと話している。
その姿に違和感を感じたライリーは、首が捻じ切れそうなほど傾げた。
王宮の騎士とギルドマスターという組み合わせに違和感を感じるのは当然だ。
国と各ギルドは全く別の組織。
有事の際に協力することはあれど、王宮近衛騎士と地方の冒険者ギルドのギルドマスターに親交があるとは思えない。
(どういう関係なんだ?)
ユリウスに抱えられるように馬から降りたライリーは、眉を顰めながらジャクソンをじっと凝視する。
すると、ライリーの視線に気付いたジャクソンがライリーを手招きした。
「ライリー、こっちへ」
「えっあ、はい」
ライリーは反射で返事をした。
返事をしたからには、ジャクソンのところへ行かなければならない。
足元の砂利に気を付けながらジャクソンへ駆け寄ると、彼は荷物を差し出してきた。
「これ、必要になるだろうからお前の部屋から持ってきた。勝手に入ってすまんな」
ジャクソンから手渡されたのは、ライリーが冒険者ギルドに出入りするときに身につけているベルトとローブ、ネックガードだ。
ベルトにはマジックバッグや暗器が収納されている腰袋が通してあり、刃物の鞘が固定できるところには短刀が差さっている。
基本的にベルトや腰袋以外はすべてジャクソンからの貰い物だ。
特にマジックバッグは高価だから遠慮したが、無理矢理押し付けられたのを覚えている。
短刀も遠く東の果ての国のものらしく、この辺では見かけない武器で、駆け出しの冒険者である自分にはもったいない得物だ。
それらをジャクソンから受け取ったライリーだが、心の中には黒い靄が浮かび上がっている。
ジャクソンにはオリバーと名乗っていたはずだが、先程はライリーと本名を呼ばれた。
また、この荷物をライリーの部屋に入って取ってきたということは、ジャクソンもライリーの素性を知っているということだ。
名前を偽っていたことがジャクソンに知られ、ライリーは複雑な気持ちになった。
「ありがとうございます。でも、必要って……?」
「まあ、話は追々な。それよりほら、腹減ったろ? 飯用意してるから食え、な?」
いつからライリーの正体を知っていた?
何故、ジャクソンがここにいる?
この荷物が必要な理由は?
聞きたいことは山ほどある。
しかし、ジャクソンはライリーの困惑を知ってか知らずか、肩を組み、焚き火を囲むようにして配置されている、腰をかけるにちょうどいい岩へと誘導した。
ここまでされれは、ライリーは座るしかない。
物言いたげにジャクソンに視線を送るが、彼は気にすることなく、ライリーにずいっと魚の串焼きを渡してきた。
その後ろではファングたちが馬の手綱を木にくくりつけて餌をやったり、今日の寝床であろうテントを張ったりして野営の準備をしている。
半ば無理矢理連れてこられているとはいえ、おそらく彼らはそれなりの地位を持っているはずで、それを差し置いて先に飯にありつこうとするのは気が引ける。
「え、いや、でもテントとか」
「それはあいつらにやらせればいい。今のお前は大事な『お客さま』だからな。ほら」
「はあ……。じゃあ、いただきます」
ジャクソンの押しの強さに負け、ライリーは差し出された魚の串焼きを受け取った。
魚の腹にかぶりつけば、程よい塩気と旨みが口いっぱいに広がる。
「美味い……」
「だろ?」
こういった野営の料理は、ディレの森で野営の仕方とともにジャクソンから教えてもらったため、ライリーの作るものもこれに近い味になる。
懐かしく落ち着く味であり、やはり本家のジャクソンが作ったほうが断然美味しい。
美味しい料理のおかげで、夕方から続く不安や焦燥感が和らいでいくのがわかった。
(腹が減っては戦ができぬって、こういうことか。ジャクソンさん、落ち着けって伝えたいんだろうな)
ライリーはジャクソンの行動を勝手にそう解釈し、疑問は一旦頭の片隅に置いておくことにした。
ジャクソンに勧められるまま食事をとっていると、野営の準備を終わらせた三人がそれぞれ焚き火を囲んでいく。
ジャクソンはライリーにしたように、三人に対しても料理を準備して渡していった。
魚の他に、あと二品。
肉はディレの森深くに生息する血濡れ熊のものらしく、赤身の肉に塩と胡椒を振るだけで絶品だ。
野菜はハルデランで取れた旬のものをバターとブイヨンを絡めて炒めていた。
そのどれもが美味しく、ライリーを含め五人は頬を緩ませながら、しばし無言で料理に舌鼓を打つ。
半分ほど食べ進めたころだろうか。
ファングは畏まってライリーに体を向けてきた。
「ちょっとは落ち着いたかな」
「はい」
おかげさまで、とジャクソンに視線を送ると、彼はニカッと人懐っこい笑顔で応えた。
「改めて自己紹介しよう」
「まだしてなかったのかよ」
「あなたもでしょう」
「まあな」
ジャクソンが茶々を入れたが、ファングが返り討ちにしていた。
ファングは最初、ジャクソンに『様』と敬称を付け、今も敬語で話している。
しかし、そのやりとりは友人のように軽い。
どんな力関係だろうか。
その疑問は、徐々に明かされていく。
「私はファング・アルフロイド。アルフロイド侯爵家の三男で王太子殿下を護衛する第四近衛騎士隊の隊長だ」
「エラ・トマスです。トマス伯爵家の次女で、家系が騎士のためこの職に。アルフロイド隊長の部下です」
「ユリウス・ダウリングだ。ダウリング子爵家三男。第二王子殿下付きの第五近衛騎士隊の隊員だ」
三人の肩書きは錚々たるもので、決して平民のライリーが馴れ馴れしく言葉を交わしたりしてはいけないし、ましてや野営の準備をさせていい相手ではない。
無礼のないようにしてきたつもりだが大丈夫だっただろうか。
(さっきまでの俺の態度で首が飛ぶなんてことはない、よな?)
食べかけの野菜炒めを手にダラダラと冷や汗をかいているライリーを他所に、ジャクソンは「次は俺だな!」と元気よく言って立ち上がった。
「俺はジャクソン。平民出身だ。ハルデランの冒険者ギルドマスターをしているが、本当は王家付きの影をしている。この三人も表向きは騎士だが、影でもある」
「影?」
ライリーは聞き慣れない言葉に聞き返したが、これがいけなかった。
首を傾げたライリーに、ユリウスはうっそりと笑ってライリーの疑問に答える。
「王家専用の、裏で護衛したり情報収集したりする集団だ」
強風がざぁっ……と吹き、川面に波紋を広げていく。
ライリーは痛みを訴え出した頭を押さえ、ユリウスの答えを咀嚼する。
……ということは、だ。
「ちょっと待ってください! これって俺が聞いていい話じゃないですよね!」
「そうね」
涼しい顔をして、さらりとエラが同意する。
悪い人ではないと思っていた彼女に助けを求めて視線を送るが、にっこりと微笑まれるだけだった。
爆弾発言をしたジャクソンは論外。
それに補足を加えたユリウスもエラも、それを静観するファングも、ライリーを厄介なことに引き摺り込もうとしている。
この場にライリーの味方はいない。
「聞かなかったことにするのでこれ以上喋らないでください!」
「駄目だよ。私たちの正体を知った君をただで帰すわけにはいかない」
彼らの話に拒絶を示すと、ファングはここで逃げたら即刻死に繋がると仄めかしてきた。
そんな危ない話を、これ以上聞くわけにはいかない。
ライリーは両手で耳を塞ぎ、これ以上面倒くさいことに巻き込まれたくないと自衛したが、隣に座って人当たりのいい、いや、胡散臭い笑顔を貼り付けたファングに両手を掴まれ、耳から引き剥がされた。
掴まれた腕は痛くないのに、どれだけ押しても引っ張っても、その拘束から抜け出せない。
「離してください!」
「私たちの話を聞いてくれるならね」
「それは……!」
横暴な「お願い」に、最初からゼロだった彼らへ好感度は、その下を突き破り地の底へと叩きつけられた。
不敬になったって構うものか。
間近にあるファングの顔をぎっと睨みつけると、焚き火の光に揺らめく目に見つめ返される。
焚き火の光に揺らめく瞳は、静かなようでいて、その実、強い意志を孕んでいるように思えた。
見えない何かに気圧され、ライリーはごくりと息を呑む。
逆らってはいけない。
本能がライリーに警告している。
それでも、貴族への嫌悪から抵抗を諦めきれない。
感情が昂り、じわりと涙が浮かぶ。
心を揺れ動かしていると、ユリウスがライリーの意識を引き戻すように、パンッと手を打った。
「どちらにしろ、そこのジャクソン様がこっちの世界に引っ張り込んだはずだ。それが早まったと思えばいい」
「え?」
ユリウスはにんまりと口元に弧を描き、ジャクソンを指さす。
ライリーに追い討ちの情報を叩き込んだというのに、彼はただ愉快だと言わんばかりに笑っている。
ライリーはユリウスから発せられた聞き捨てならない言葉に、とうとうファングに掴まれていた腕から力を抜いた。
(ジャクソンさんがなんだって?)
ジャクソンの方に顔を向ければ、彼は悪びれもなくへへっと笑い、頭を掻いた。
「いやぁごめんな。お前がもう少し成長したらそのつもりだったんだけど、俺の情報統制が甘くてちょっとやばいことになってさ」
「どういうことですか?」
「詳しくは王都についてから話すよ」
「今じゃ駄目なんですか」
ジャクソンにも、彼の言葉を繋いだファングにも、ライリーは容赦なく噛み付いていく。
求めなければ、掴みにいかなければ、欲しいものは手に入らないからだ。
しかし、求めたものは手に入らなかった。
「私たちはこれを話す権限を与えられていないからね。申し訳ない」
力なく微笑んだファングは、小さく頭を下げて謝罪した。
貴族が平民に頭を下げるなど、前代未聞だ。
奇跡と言ってもいい。
謝罪を受けたライリーは、ファングに両手を掴まれたまま一瞬意識を飛ばした。
謝罪すればいいとでも思っているんだろうか。
わからないことだらけなのに、匂わせるだけ匂わせて、肝心なことは何ひとつ教えてくれない。
これだから貴族は嫌いだ。
自分勝手で横暴で、世界は自分中心に回っていると思っている。
義母には嫌味を、子どもには罵声を浴びせ、一食分にも満たない金だけ落としていく。
民が生活に喘いでいても、そこを治める貴族もその上の国も何もしてくれない。
ただふんぞり返っているだけの案山子のくせに!
ジャクソンもだ。
親切にしてくれて、可愛がってくれていたのはわかる。
でも、それが影に引き入れるためだったと考えると裏切られた気分だ。
いや、実際裏切られたんだろう。
ライリーは不満を隠しもせず、怒りに任せて再びファングを睨んだ。
しかし、彼はそれに対して不快を表すことはなかった。
ファングは無言でライリーの頭をひとつ撫でると、元々座っていた場所へ戻っていった。
「ごめんな」
その反対側に座っていたジャクソンも、ファングに続いてライリーの頭を撫でる。
癇癪を起こした子どもを宥めるような扱いをされたようで、ますます腹が立った。
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