side氷川晶子①
この世界は男女比が1:10。
それ故に、周りは男に対して過保護になりがちである。
何するのにも男の意見が第一優先。
男が何か欲しいと言えば、すぐに用意して。
男が何かをやりたくないと言えば、代わりにやってあげて。
男が関わりたくないと言えば、極力関わらないようにして……。
そんな甘やかされた環境で育った男は……。
「おい、女子。パン買ってこいよ」
「ひっ、僕に近づかないでくれっ」
「女ってほんと、ガツガツして嫌だよなー」
肉食的な行動になる女性に対して、苦手意識を持ちつつ、平気で冷たい言葉を吐く人が多い。
自分は貴重な男だから、何をしても許されると思っているのだろう。
男は数が少ないし、大事されるのは当然かもしれない。
けれど……。
『お、お前! 女のくせに俺に口答えするのか!』
『せっかく俺様から誘ってるっていうのに!』
『アイツって生意気だよなぁー』
だからって偉いわけでもないし、なんでも言っていいわけではない。
男が女嫌いなら。
私はそんな男が嫌いだ。
でも高校に入って、隣の席になった男子は違っていて……。
「俺、更科一季。よろしくなっ」
彼は、にしっと屈託のない笑みを浮かべていたのだった。
◆◆
現実に戻ると、今は5限目の授業中。
隣の席をちらりと見れば、眠そうに目を細めた更科君がノートを前にしていた。
「……っ、っ……」
ノートを取りたいのだろうけど、更科君の手は止まったまま……それどころか、こっくりこっくりと首が揺れている。
「んぁ……」
「ふふっ」
突然、ガクンと大きく首が動き、間抜けな声を漏らす更科君。
思わず笑いが漏れてしまった私に気づいたのか、とろんとした瞳がこちらに向いた。
「やばい……眠い……」
「お昼にお腹いっぱい食べるからよ」
「いやいや……食後の購買は誘惑が多いんだよ……」
お弁当では物足りなかったのか、チョコパンとグングンヨーグルトを買っていた更科君。
時間が経って満腹になり、今は眠気が凄いようだ。
「ねぇ、更科君」
「んー?」
相変わらず、半分眠ったような瞳で私を見ている。
その時どうしてだろうか……。
その無防備さにどこか素直に答えてくれると思った私は……ずっと気になっていたことを質問した。
「貴方はどうしてそんなに危機感が……いえ、質問を変えるわ。どうして女子に優しいの?」
「え? 当たり前だから?」
顔色一つ変えずに、むしろまだ眠たそうな表情で即答した。
お世辞や気遣いなんて、疑う余地もない。
彼は本心からそう思っているのだろう。
でも、私には……それが当たり前ではないから。
「質問を変えるわ」
「え、今の答えじゃダメなの?」
「ダメじゃないけど……もう少し理由が欲しいのよ」
私の返事に「うーん……」と考え込む更科君。
急に振った話題なのに、文句ひとつ言わず真剣に考えてくれるところとか、彼の魅力の1つだ。
「んー……やっぱり当たり前って理由しか思いつかないなぁ。そんなに女子に優しくするのって変か?」
「変というか……珍しいのよ。だって男女比が1:10で、男は優遇されるのが普通だと思ってるのに、わざわざ女子に優しくする必要なんてないでしょ?」
「優遇ねぇ……。男女比1:10なんて、大した差じゃないと思うけどなー」
「いや、結構大きな差よ」
相変わらず彼は危機感がない——
「まあ、俺だって分かってるぞ」
「え?」
予想外の言葉と真剣な表情に変わった更科君を、私は見つめる。
「周りの男は女子にビクビクしてるけど、俺はむしろ話しかけるし、仲良くなりたいと思ってるからさ。中学の頃、男子校だったんだけど、結構浮いてたんだよなー。だから今、共学に通えて最高だけどさっ」
最後は笑いながら言うけど……彼も能天気だったというわけではなさそうだ。
「でも、俺は話したい人や一緒にいたい人がいるからさ。その時間をもっと増やしたいと思うから、優しくする。それが男女比の差もあって、女子が多いってだけだ」
それが更科君が女子に優しくする理由……。
「……その話したい人や一緒にいたい人に、私は入ってるの?」
「おう、もちろん」
まるで当たり前だと言わんばかりに大きく頷き、笑う更科君。
まだまだ質問したいことはあった。
さっき、しつこい男から私を助けた理由とか、その他諸々……。
でも今の理由を聞くに、結局は当たり前だからと言った感じだろう。
だって、それが彼だから。
それから数分後には、また眠りに落ちていった。
女子が大半を占めるこの教室で、こんなに無防備に眠れるなんて……。
けれど、そんな寝顔を1番近くで、隣で見られるのが嬉しいと思っている自分がいる。
本当に無防備で、鈍感で、どうしようもなく危機感がない。
そんな彼が……私はどうしようもなく、好きなんだろう。
だって、ずっと胸の高鳴りが収まる様子がないのだから。
「本当に危機感がなくて……困るわ」
だって、危機感がなくて……我慢できなくなるのは、私かもしれないのだから。
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