「不安の種」

 昔々あるところにとても心配性の男がおりました。

 男は、出掛けるときに毎回「泥棒が来ないだろうか」「鍵はかけて出てきただろうか」と不安になり、ご近所さんと話していても「失礼なことをしてないだろうか」と気が気ではありません。


 人付き合いも仕事中も心配ばかりしているので、上手くいくことも上手くいかず、また余計に不安になるという繰り返しでした。

 最初は周りの人たちは、「大丈夫だよ」「ゆっくりやれば大丈夫」と声をかけてきましたが、そのうちずっと心配ばかりする男にイライラを募らせていきました。

 そして男に対して当たりが強くなっていきました。


 男は不安な毎日を過ごして、ついに耐えきれなくところまできていました。

 そんなある日、男の目の前に黒いフードの人が現れました。

 黒いフードは、自分は魔法使いだと名乗りました。


「お前の悩みを解決してやろう」

「そんなことを言ったって、俺は救われるわけがない」

「もし、私がお前の悩みを解決することが出来たなら、お前の『不安』を貰ってもよいか?」

「それがもしできたなら、喜んで『不安』を差し出そう!」


 返事を聞くと、黒い魔法使いは、右手でちょいちょいと手招きました。

 すると、男の胸元にキラキラと光るトゲトゲのボールが浮かび上がりました。


 その瞬間、男の心の中が晴れやかになりました。

 今なら何でも出来るような気持ちになっていたのです。

 キラキラと光るトゲトゲのボールは、自分の『不安』だったのだと理解しました。


 さらに黒い魔法使いが手招きすると『不安』は、ふわふわと浮かびながら、黒い魔法使いの方へ飛んでいきます。

 それにつれて、どんどん心は晴れていきます。

 この場で踊り出したくなってしまうほど、幸せな気持ちが溢れてきました。


「お前の悩みは解決されたか?」


 男の『不安』を手にした、黒い魔法使いが聞きました。


「えぇ、もちろんです。私じゃないみたいだ」

「この『不安の種』がなければ、お前が不安になることはないだろう」

「素晴らしい!!さすがは魔法使いだ」

「この『不安の種』は、やがて芽が出て、大きく育つのだ。その育った『不安の木』で首を吊ったやつがいる。『不安の木』が倒れてきて、下敷きになったやつもいる。大きく育った『不安』に押し潰されてしまわなくて良かったな」

「何てことだ!貴方は命の恩人だ!!」


 男は喜びました。

 それからというもの、男はやる気に満ち溢れ、苦手だった人付き合いも積極的になり幸せに暮らしましたとさ。


 おしまい。

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