願わくば

 刺されれば痛い。

 当たり前のことである。

 やっぱり実際に経験するのとしないのじゃ大違いだね。


 あぁ、私、死ぬんだなぁ。

 その場に倒れた私は、そんなことを考えながら目を閉じる。


 周りで私の名前を呼んでる。

 でも返事ができない。

 みんな無事だったんだね。良かった……


 あーあ、あんだけ良くしてもらったのにお礼が言えなかったなぁ。



『愛奈ちゃんは、優しい子ね』


 あの人の声がする。

 それはまだ、私が異変に気づいてすぐの頃のあの人との会話。


 走馬灯ってやつ?


『愛奈ちゃんは、優しい子ね』


 そう言われて恥ずかしかった私は、ちょっと不機嫌な顔をして返事をしていた。


『優しくなんかない』

『優しいわ。お手伝いだって、どんなに口では文句を言っても、態度が悪くても最後には手伝ってくれるじゃな。』


 笑いながらそう言われて、余計に私は不機嫌な顔になる。


『そんなことないよ。それは気のせい』


 はぐらかそうとするのにあの人は止まらない。


『それに真面目よね。自分に厳しすぎるくらい』

『そう?』

『そうよ。自分で決めたことは律儀に守るし、第一、その決めたことが結構厳しめでしょう』


 そんなことないと思うけど、と首を傾げる。


『他の子は、そんなに自分に厳しくないわよ?もっと気軽に物事を考えた方が楽じゃないかなって思うの。まぁ、考えすぎるのは人のこと言えないけど』

『例えば?』

『そうね。たまには学校ずる休みしちゃうとか』


 それは無理。

 だって学生は学校に行くのが仕事でしょ?

 それをサボったら世界から追い出されちゃうよ。

 あと、バレたときに自分が耐えられないし許せないから。


 だから、無理。


 そう答えた気がする。

 その返事にあの人が呆れたように笑って、でも、優しい目をして言ったんだ。


『そこが愛奈ちゃんが愛奈ちゃんたる所以ね』って。




 今ならわかるよ。


 あのときはよくわかってなかったし、だったらなに?ダメなの?って思っていたけど、今なら笑って『その通り』って言えるかも。

 そして、あなたの言った通り、もうちょっと楽に考えれば良かったかもね。


 あとね、優しくなんか全然ないよ。

 ただのあまえん坊の泣き虫の弱虫。


 そして、頑固な負けずぎらいだよ。

 変に期待されると、なんとしてでも期待に応えようと頑張っちゃうだけだから。


 頭がいいわけでもなく、運動が得意な訳でもない平凡な人は、何か一つでも頑張って誇れるものがなかったら、簡単に世界から追い出されちゃうんだよ。


 私はただ、みんなと同じ世界に生きていたかった。

 生きてていいよって言って欲しかったんだ。


 まぁ、もうなにもかも遅いんだけど。


 でも、いいや。

 死にたいって思ってて、実際死ぬみたいだし。

 理想の死に方じゃないけど、変な死に方じゃないし。

 いや、変な死に方か。

 異世界で同郷で年上の人にへんてこな爪に刺されるとか。


 願わくは、もう一回だけでも親子の会話がしたかった。


 ねぇ、おかあさん。



 そこまで思ったところで私は意識を手放した。

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