覚悟を一つ

 お兄さんにお礼を言っていると、凜はやる気満々でこちらに向かってくる。


 わお、お兄さん撤退早!!

 あっという間にそばからいなくなる。


 第二ラウンドですか。

 頑張りましょう。


 とりあえず、もたもたと手合わせをする。


 さっきまでのもたもたにイラついていた凜は、先ほどまでより雑な攻撃を繰り出してくる。


 振りが大きくなった分、隙ができる。

 その「隙」に踏み込んで、行けると思い持っていた剣を刺そうとする。


 このままこの人をほかっておいたら、きっと人を殺しまくるんだろうな。


 だって今この人、すごく楽しそうに笑ってる。

 しかし。

 その私と凜との間に誰かが飛び出してくる。


「な!!!!」


 間に入ってきたのは、春人だった。


「何を」

「僕、だけでも、君の味方でいようって。だから」

「鏡君?」


 そのまま春人は、崩れ落ちる。

 服には赤いしみがじわじわと広がっていく。


 なんで?

 その場に剣を取り落とす。

 そしてそのまま後ずさる。


「いやぁアアああああああ」


 凜が絶叫をする。

 あまりの音量にさらに耳を押さえながら凜から距離をとる。


 凜は、頭を抱えながら髪を振り乱し、叫び続ける。


「この人殺し!!!」


 この状況で違うとか言わない。


「死神、悪魔、あんたなんか」


「あんたなんか死ねばいいのに!殺してやる、殺してやる!!」


 そうだね。

 それを私は願ってきたよ。

 毎日のように言われた、「死ねばいいのに」聞き慣れた言葉。


 でもね、誰も殺してくれなかった。



「あんたなんかいなければいいんだ!」


 うん。

 それも自分でも思ってた。

 私が生きてる意味って何なんだろうって。


 でもね。


「でもね、私はこの世界を案外気にっているんだ」


 周りで戦っている、お世話になった人たちを見る。


 そして、


「この世界は、やさしい人ばっかり。優しすぎるんだよね。私に対して、「ここにいていいよ」って言ってくれる。もしここで私が人殺しだって糾弾されて、また世界からつまはじきにされて、味方がひとりも居なくなったとしても、私は」


 息をいっぱい吸い込んで宣言をする。


「今は、この人たちの味方でいたい!」


 私の宣言に答えるように私の目の前に金色の光の柱が立ち上る。


「な、に?」


 光の柱の中に同じように金色の剣が浮かんでいる。


 とりあえず、手をそっといれてみる。痛くない。

 そんな確認をしていると光の柱が薄くなっていく。


 よくわからないが、この剣が消えてしまったら不味い気がして慌ててつかむ。

 つかんだ瞬間、光の柱は、光の粒になって消えてしまった。

 手元には金色に光輝く剣が一振り。


「だだの人殺しの癖に何を偉そうに!そんな安っぽい剣で私がやれると思ってんの。」

「鏡さんとはあなたがそれほどあなたの大切な人?」

「ええ、そうよ?私の味方。私の周りの男はね、私の味方で私のことを守って当たり前なの。私のものなの。あんたが簡単に手出ししていいものじゃないのよ!!」



 あぁ、そう。

 この人とは、どれだけ話しても平行線だ。

 この剣がどんな剣なのか知らないけど、手元に武器がこれしかないのなら、これでやるしかないだろう。


 きっと目の前の人は、誰かにやらせて自分は高みの見物をしようとか思うだろう。


 私だって、好き好んで凶器を振り回して誰かを殺りたくはない。

 だけど、たぶん。

 ここは、私が殺らなきゃいけない気がする。


 もう一度、覚悟を決めて前へ足を踏み出した。

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