君を想う

澄鈴

 あるところに、とても貧しい少女がいました。

 少女は、街で一番大きなお城に住む姫様と友達になりたいと、身分不相応なことを考えていました。


 もちろん、そんなことは不可能です。

 なぜなら、友達になる以前に、今まで一度も会話できたことがないのです。

 近づけもしない、会話もできない。

 でも少しでも希望があるのなら、友達になりたい。

 そう思っていました。


 ある日、仕事に行くと、街中で騒ぎが起きていました。

 だんだん道にいた人が道路脇にはけていくのです。

 ただ事ではない。

 そう思った少女は、人ごみの中で騒ぎの中心を見ました。


 そこに見えたものは、百合の花のように美しく、凛とした、まるでこの世の美しさをすべて纏ったような姫様が、こんな町中に来ていたのです。

 周りの人は息をするのも忘れたように、姫様を見つめていました。

 あの憧れた姫様がそこにいる。

 その事実だけで、舞い上がってしまいそうです。

 仕事をするのも忘れて、魅入っていると、姫様と目が合ってしまいました。

 すぐさま目を逸らしてしまいます。


 少女の仕事は、機械を扱う仕事でした。

 そのため作業着は汚れ、貧しかったため、替えもなくボロボロです。

 それに顔までとても汚れています。

 こんな姿で会いたくはなかった。


 そんな思いとは裏腹に、姫様はこちらへ向かっています。

「ごきげんよう。お顔が汚れていますよ」

 鈴のように澄んでいる声でした。

「こ、こんにちは。これは……」

 少女は、どうすればいいのかわかりません。


 すると、姫様が自分のハンカチを取り出して少女の顔を拭いました。

「綺麗なお顔が台無しですよ。よければ貰ってください。お洋服もこんなにボロボロで……。お仕事をたくさん頑張ったのでしょうね。とても、素敵です」

 仕事場の偉い人はこの洋服を見ても、『替えが無くてかわいそう』と言ってくるのに、姫様はこんな姿を素敵と言ってくれました。

「ありがとうございます。しかし、頂けません。どうしたら……」

「いいえ貰ってください。そうですね、では一つ提案があります。

 ――私と、友達になって頂けないでしょうか」


 愕然とした。少女はまさか、自分が願っていたことが起きるなんて思ってもいませんでした。

 身分が違いすぎる。

 しかし、こんなチャンス滅多にありません。

「いいのですか?こんな、私なんかと」

「あなたがよろしいのです。明日の十時、私の家に招待致します。それではまた明日」

 行ってしまった。

 憧れていた方と話してしまった。それに、友達になってほしいだなんて。

 夢みたいでした。しかし、彼女の手元にあるハンカチが、夢ではないことを物語っています。


 町の人々が、話しかけてきます。

「よかったね!早くお風呂に入ってたくさん寝て準備しなさい!後の仕事はあたしたちに任せて!」

「頑張るんだぞ!」

 町の人々の温かい声が身に沁みます。

「ありがとうございます。頑張ります」

 そう言い、少女は家に帰り、お風呂に入り休みました。

 

 次の日、十時になり、お城の門が開きました。

「いらっしゃい。あら、素敵なお召し物ね。お父様とお母様にご挨拶に行きましょう」

 少女は、今までで一番の自分ができるお洒落をしました。

「お父様、お母様、こちらが私の友達になってくれた方です」

「初めまして。下の街に住んでいる者です。不束者ですが、よろしくお願い致します」

「あら、こちらが昨日言っていた……?そう。

 あなた、来て頂いたところ申し訳ないね、少し席を外していただけませんか」

 とても冷たい瞳でした。

すっ……と表情が固くなった姫様を残し、少女は言われるがままに部屋を出ます。

「何の話だろう」

 少女は、だめだと思いながらも、聞き耳を立ててしまいました。


「あの子はやめなさい」

「どうして!私が誰と仲良くなっても私の自由です!」

「どうして?貴女は身分が違う方を友達にしたがるのかしら?自分がどの立場にいるか分かるといいわ」

 それ以上は聞いていられませんでした。

 近くにいたお付きの方にお願いして、メモ書きを残して、その場から走り去りました。



 走って、走って、目の前が滲んで見えづらくなり、それでも走って、転んでしまいました。

 やっぱり駄目だった。こんな人間が友達なんておこがましい。本来ならお城に入ることすら許されないのに。

 シンデレラのお話では王子様が迎えに来てハッピーエンドで終わる。

 でも、現実は、残酷。望んだ人が迎えに来てくれるわけではないし、誰かが助けてくれるわけではない。いつか誰かが迎えに来てくれるなんてありえない。

 身分が違う。あんなキラキラした方と話すなんて。友達になれるなんて思っていたのが、

 恥ずかしい。消えてしまいたい。

 いつしか少女はそう思っていました。

 せっかくの洋服が汚れてしまった。

 もう二度と会うことはない、美しい姫様を想いながら、家へ帰りました。


 それからというもの、少女の毎日は慌ただしく過ぎていきました。

 ふとした時に、鏡に映る、仕事をしている自分が目に留まりました。

 姫様が素敵と言ってくれた、あのままの姿です。

 私にはこれで充分。今の仕事が嫌いな訳ではない。町の人も優しい。

 ただ、少女は、いつかまた、あの美しい姫様が話しかけてくれることをどこかで待っているのです。



 仕事に没頭していると、声が聞こえました。

「やっと見つけました」

ハッとして振り返りました。

 鈴のように澄んだ、ずっと待ち焦がれていた声。

「私は毎日お城から、街の様子を見ていました。そこで私は見つけてしまったのです。いつも明るく、誰よりも頑張り屋さんで、笑顔を絶やさない、町の皆から好かれている女の子を。私は、そんな女の子が羨ましい、そして仲良くなりたい、と思っていたのです」

 少女はとても幸せでした。

「ごきげんよう。もし良ければ、私と、もう一度友達になって頂けないでしょうか」




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