砂漠の幕

PROJECT:DATE 公式

桐始結花

夏が始まって少し。

勉強のために学校に来ていた。

夏休みに入った学校は

どこかしんとしていて、

けれど場所を変えれば

多くの人が部活に打ち込む。


空の教室で1人

筆記用具を取り出す。


蒼「…。」


迷いなく進む。

それが正しい時間の使い方。

けれど、時々思う。

全て無に帰すのであれば、

今していることは全て無駄ではないか、と。


生きる。

与えられた時間を善いもので満たすため

全力で人生の1周目を体験している。

生きるのは目的を果たすため。

行動することが生きること。


ならば、一生かけても

果たすことのできない目的を持つ私は

一体。


蒼「…。」


考えに溺れることは時間の無駄。

全て、今は受験勉強のために。


シャープペンシルが擦れる音。

教室に響く青春の音。

鮮烈な空の色。

段々と黒色で埋まっていく白いノート。


蒼「…。」


解けない問題に当たる。

うんうん、と脳内で唸る。

そしてその思考の隙間に

将来の影と過去の出来事が流れ込む。





°°°°°





先生「園部さん。進路希望の話なんですけど、そろそろ出してもらわないと…。」


蒼「はい。すみません。」


先生「とりあえず目についた大学名を書いておくだけでもいいから。」


蒼「進学ともお伝えしていないはずですが。」


先生「あ、就職希望だったの…?成績いいからてっきり進学かと…。」


蒼「いえ。決めかねています。」


先生「そうなのね。あなたなら問題なく両方選べると思うから。」





°°°°°





机の隅に置かれた進路希望表。

嘘をつくことは悪だ。

期日を破ることも悪いが、

それ以上にこの問題は

なあなあで出してはいけないと判断した。

だからまだ決定できていない私は

進路希望表を出せないままでいる。


進学か、就職か。

今こうして受験勉強しているのだし

進学の方を選ぶ確率は高い。

しかし。


蒼「…。」


就職はおろか進学すらしない、

できない可能性がある。

むしろできないことがほぼ確実となっている。


ならば何故私は

勉強に打ち込んでいるのか。


窓の外を眺める。

物語の中かと思うほど

大きな雲が宇宙に向かって

突き進むように伸びていた。





***





夕方まで勉強し

涼しくなってきた時間帯を狙って

帰れるよう準備をする。

夏休みはこの日々の繰り返し。

淡々と着実にこなすだけ。


荷物をまとめ教室を後にし、

靴箱の方へ向かう途中、

不意に特別教室と書かれた文字が目に入る。

自然と足が止まった。

夏休みなので誰かがいるわけでもなく

物音ひとつすらしない。

思えば部活動生たちも

練習を終えて片付けに入っているのか

音が少なくなっている。

足元に夕日が差し込む。

廊下は蒸されているようで

何もしなくても額から汗が伝う。

今頃演劇部員の皆は

秋の大会に向けて練習しているのだろう。

自分が所属し、数年間は共に過ごした人たちだ。

練習に顔を出すのは時間を取るのでせずとも、

受験勉強はあれど

大会くらいは顔を出そう。


蒼「…。」


ぼうっとしていた。

早く帰ろうと踵を返したその時。

近くの教室の扉が開いた。

はっとして振り返ると、

そこには何故か

びっくりしたのか飛び上がる古夏がいた。

目をまんまるにしてこちらを見ている。

彼女も彼女で

人はいないと思っていたのだろう。


蒼「こんにちは。」


古夏「…!」


ぺこ、と頭を下げられる。

ずっと前に私が

「手話はわからない」と言ったことを

覚えているらしい。

紙とペンを探すためか

突如鞄の中を漁り出していた。


蒼「古夏はどうして学校に?受験勉強?」


古夏「…。」


古夏はものを探す手を止め、

こくり、とひとつ頷いた。


蒼「そう。私もなのよ。」


古夏「…。」


蒼「最近藍崎さんからちょっかいはかけられてないのかしら。」


古夏「…。」


鞄から手を離し、

何も持たないそれは

ぎゅ、と自分の制服の裾を握った。

そして迷うような間を開けて

またひとつ頷いた。


蒼「なら良かったわ。あの子、暴走すると止まらないんだもの。」


古夏「…。」


蒼「誰にだって詮索されたくないことはあるわよね。」


古夏「…。」


蒼「安心してちょうだい。私は踏み込まないわ。」


古夏「…。」


蒼「また藍崎さんが余計なこと言い出したら私に言いなさい。」


古夏「…。」


蒼「何度でも間違ってると伝えるわ。」


古夏「…。」


古夏は何を考えているのか

頷くことはせず

ただ床を見つめていた。

薄く馬渡模様の広がる床に差し込む光の角度が

先ほどとまた少し変わっている。


蒼「藍崎さんの件は抜きにしろ、困っていることがあるのならできる範囲で手伝うから。」


古夏「…。」


蒼「じゃあ帰るわね。また。」


古夏「…。」


彼女は言葉を持つと

しっかり自分の意見を伝えることができる。

臆病だけれど、可能か不可能かで問えば

可能ではある。

言葉がなくともある程度は

意思疎通することはできる。

だからこそ、彼女が私を

完全には頼ろうとしていないことも

それとなく受け取ることはできる。


古夏自身、藍崎さんに対して

思うことはあるのだろう。

悪い感情か、いい感情かは

計り知れないけれど。

それについてだって

今私には関係のないこと。

2人の仲については

彼女間で解決することが1番いい。

けれど、もし古夏が春の時のように

何かを言う間もなく

あちらこちらに連れて行かれたり

一方的に話されたり問い詰められたり

するようであれば、

それは介入する必要がある。

古夏のクラスメイトとしての

最低限の行動だろう。


彼女を置き去りにして学校から去る。

学生マンションの近くにある

寂れた商店街を通る。

この帰路を辿って2年半。

卒業までは後半年。

それ以前に、後期が始まるまで残り

1、2ヶ月程度しかない。


時間は思っている以上に迫ってきている。

あれだけ大量にあると思った時間が。


蒼「…。」


商店街を抜ける直前、

古めかしい自転車をとめ

持ち主らしい人が

布やら原稿やらを持って

あちらこちらへと体を動かしながら

準備している姿が見えた。

店の持ち主でもないらしく、

シャッターの前にそれを止めている。

自転車は改造したのか

タイヤの向きと同じ方向に

荷台に木枠のようなものをくっつけている。

奇妙な改造をする人もいるものだ、と

颯爽とその場から離れ帰宅した。

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