第27話 「敵を知りましょう」

やはり、僕らの考えに間違いはなかったのか。

……しかしまあ、情報の裏付けは重要だ。確実に敵があの怪物を運用しているとわかった以上、敵だと無条件に断定していい事になる。


「それと、怪物の正体も判明したから。ハーちゃん達の所に行ったのは、『スローター・プロトタイプ』が2体に『キャプチャー・タイプα:バージョン3.1』が1体。

わかりやすく言うと、スロータータイプは話が通じない。で、キャプチャータイプは話が通じる。」

「なるほど、確かに意味のある言葉を発せていた個体がいたな。で、なんでああなったの? 普通の人間は身体からタコ足生えてきたりなんてしないでしょ。」

「それはまあ、簡単に言うなら『特殊な薬品を投与されたから』ね。」


薬物で強化、か……とはいえ、あの様子ではもう殆ど生物兵器と言っていいな。モルヒネとかその辺とは明らかに一線を画す種類の危険さだ。


「彼らにも与えられていたそれを人体に投与すると、新陳代謝の機能に変化を及ぼすことで異常にそれを促進させると同時に、生命活動を続けるためのエネルギーを永久に生み出す“核”を体内に生成する……らしいよ? ワタシは生物系は詳しくないからわからないけど。

まあとにかく、そんなわけであいつらは何をどう頑張っても絶対に死ぬことはない……はず、だったんだけどね。でも現に、アナタ達は生き残ってしまった。方法は知らないけれど、倒したんでしょ?」

「まあ、一応。その核とやらを潰したんだろうな、とは。」


……なるほど。となると、向こうも相当焦っているに違いない。なんせ波乱万丈な僕の今までの人生でさえ、一度だって見たこともないような怪物だったものな。それに見られたら大騒ぎになるものを出してきたという事は、少なからず意味のある攻撃だったはずだ。となれば、向こうさんの出鼻くらいは挫けたとも考えられるな。

ただし多種多様な個体を生産できる以上、数自体は相当数用意されていると考えるのが自然な話だがな。今日のように攻撃してくる奴らがまばらな数なら潰すことはできるものの、十数体の大群で来られると終わりだ。


『んー、一種の生物兵器のようなものだと考えればいいのかな? 或いは、戦車や装甲車のような括りで考えればいいかな?』

「それは……ワタシにも、何とも。なんせこんな兵器や兵士は過去に例を見ない物ですから。ただ間違いなく言える事は、最初にあれらを軍隊で用いた国家が世界の支配者になるという事だけです。

武器をわざわざ用意する必要もなく、費用対効果の高さ、個々の強力さ、それでいて非常に従順であることを全て同時に成り立たせている……正直なところ、この世界のパワーバランスを塗り替えかねない強さです。」

「いや、費用対効果ってねぇ……僕が殺しといてなんだけど、人道的観点とか考えないの? 元は人間なんでしょ? あれ。」


……と。僕が彼らの容姿を思い出しつつそう言った途端、先程まではフェデリコにドン引きしていた様子で口を閉ざしていた優羽さんの顔つきが恐怖、あるいは驚きのものへと変化する所が横目に見えた。そしてそんな彼女に何があったのかと僕がそちらを向いた矢先、彼女が叫ぶ。


「嘘……嘘よ、あれが元々人間⁉ あんな、下半身から蜘蛛が生えてきていたようなあれが……⁉」

「……あー、見ちゃったかー……。」

「ねえ姉御、僕言ったよね? 彼女には何も見せるな、またパニックを起こされたいのかって。話聞いてた? 何でそれで彼女に色々と見られてるの、おかしいでしょ?」

「仕方ないじゃないの、アタシだろうが誰だろうがあの状況で目を開けてるなんて思わないんだし!」

「あなた達の事情なんてどうだっていいのよ! それより西井……さん? 本当なんですか、あの怪物が元々人間だったって!」


……正直あまり彼女に構うのも面倒な気がしてきたし時間の無駄なので、適当に姉御に責任を押し付けつつ話を逸らそうと試みる。すると運の良いことに、割とマシな方向に話は進んでいく。それもあの怪物が何だったのか、という方向に。


「ええ、正解よゆーちゃん。生存形態としてはヒトのものをしていないとはいえ外観は限りなく人間に近いものだから、結構わかりやすかったかもね〜。」

「そんな……! そんな酷いことってあるんですか、あんなの……⁉」


と、優羽さんはその言葉を続けようとしながらも、しかし自身の顔を青ざめさせる。

……まあ、確かにあれは常人なら引くよなぁ。日本人なんて血みどろの戦闘とか尋問とかその辺りは経験ないだろうから、それも止むなしという奴だろう。耐性とか慣れとか、そのへんが僕らとは余りにも違いすぎる。まあ暴力団組長の娘なんだけど。


「……今まさに文化の違いを肌で感じてるよ、僕は。」

『そうか? 俺にしてみりゃどこもこんなもんだったがな。マトモな感性で、非常にいいんじゃないか? 

お前もその感性磨いとけよ、仮にヤバいって判断してもやたらめったらに殺し回るのは控えとけ。ティーンエイジャーらしく、な。お前が今まで生きてきて遂に得ること叶わなかった高校生的正常さが、今回になってようやく必要になる事だろう。』

「あー、それはつまり……やっぱり、僕に与えられる仕事ってそういう感じか。残念だよ、君が僕の事を完全には腕で選んでくれなくて。」

『いやいや、そんな事ないぞ? 確かに条件に合うのがお前だけだったのは事実だが、別に絶対的にその立場の人間が必要だった訳じゃない。教師役をもう数人ほど増員すればよかっただけの話だからな。

……だが、俺はお前を選んでやった。それはひとえに、お前の腕を信用してたからさ。ずっと横にいた男として、な。』

「お前……そうかい、わかったよ。なら僕もそれに応えてやらなくっちゃあね。」


……うーむ、感動的な友情だな。これがパニックを起こしかけている少女とそれをなだめる大人たちの眼の前でなければ、今のは映画のワンシーンに相応しい光景だったろう。

ああ、そうだな。そろそろ真面目になった方がいい、聞くべきことも多いしな。


「それはそれとして、西井さん。その生物兵器、とやらの製造元はどこだい? いち宗教団体に科学薬品製造の知識があるとは思えないし、バックに何かしらいてもおかしくないとは思うんだけど。」

「いや、アタシもそこまでは調べられてないのよねー。今わかってるのはあの怪物本体の事だけで。それ以上は時間の都合で調べられなかったのよー。」

『ふぅむ、しかし龍二の発言にも一理はあるだろう。次に機会があるのなら、その辺も調査しておいてくれ。

……しかし、生物兵器か。結構な代物だが、仮に可能なのは一体どこの企業なのやら……』


そうフェデリコが言うと、皆黙りこくって頭の中から有り得そうな物を探しているらしい。そして、それは僕も同じだ。まあ、特に思い当たる企業はないのだがな。

……そして、1分が経過した頃。ついさっきまでほとんど喋らずにいたはずのタケフミは、それが嘘か何かだったかのように今の段階になって突然流暢に口を開き、話し出す。


「……確証はないけれども、少し怪しい企業があったね。まあ、本当に噂程度のものだけど。」


ぽつりぽつりと、語られる言葉。まあ聞いてやってもいいだろうと耳を傾けてみると、今度は聞き覚えのある単語が飛び出て来た。


「……風邪を引いた事があるのなら、“リンシャオ”の名は知ってるはずだろう? 実は、私はあの会社からの護衛依頼を受けた事があってだね。そこで、妙な“噂”を耳にしたんだよ。」


彼はそれを皮切りにして、急激に口数を増やしていく。

そしてその様子の変化に、「もしかしたら」と。少しだけ事態の進展を夢見る、僕らがいたのである……。

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