第35話 聞き込み

翌日の夜、ユナイテッド街に到着する。


どうにか、門が閉まる前に街には入れたので一安心だ。


検問を済ませたら、急いで宿を探す。


幸いにして、カイトとカエデが以前泊まっていた宿が空いていた。


荷物を置いて夕食を済ませたら、共同ロビーにて明日からの予定を立てる。


「さて、明日からどうする?」


「まずは、街の人たちに聞き取り調査をしようかと」


「そうね。実際に住んでいる人達の情報は重要だと思う。これは個人からの依頼じゃなくて、街からの依頼だし」


そこで二人の視線が俺に向けられる。


「ああ、いいと思う。急いては事を仕損じるとも言うしな」


「よし! それより出た、親父の口癖」


「兄さんってば、お父さんに似てきたね」


「……嬉しいやら悲しいやら」


血が繋がってないのに、似てると言われる嬉しい。

だが、単純におっさんになってきたということなら悲しい。

師匠は昔から変な言葉を使っていた。

確か、ことわざとか言ってたっけ。

すると、アルルが服を引っ張ってくる。


「お父さんのお父さんってどんな人?」


「どんな人かぁ……難しいな」


「そうだよなー。親父って、寡黙だったし」


「ここぞという時だけ、芯をつくような人だったかも」


二人の言う通り、師匠は口数が多い方じゃなかった。

基本的には座禅を組んでいるか、ひたすら鍛錬を重ねていた。

話すのは食べる時か、修行の時くらいだった気がする。

ただ俺が悩んでいたり、弟子達が困っているとさり気なく助言をくれたり。


「こ、怖い人……?」


「いや、そんなことないぞ。子供達の世話こそ俺任せだったけど、怪我や病気になったりすると慌てて飛んできたり。多分、不器用な人なんじゃないかって思ってたな」


「そういう意味でもにいちゃんに似てるかも」


「たしかに。えっと……話を戻すけど、午前中は聞き取り調査しようかと。午後はそれをまとめつつ、遊具がある公園に行きましょ」


「わかった、任せるとしよう」


そして打ち合わせを終え、野営の疲れもあるので今日は早めに解散する。

ちなみに今日は、女の子組と男組に分かれていた。

部屋に入った俺は、カイトにソファーに座るように促す。


「にいちゃん?」


「まあまあ、座ってなさい」


冷蔵庫から酒を取り出し、それをコップに注ぐ。

そして対面に座り、コップを掲げる。


「お前も成人したし、一杯どうだ?」


「オレ、飲んだことないんだよなぁ」


「おっ、そうなのか。だったら、失敗できるうちに飲んだほうがいい。今回は俺がいるから平気だ」


「そっか……んじゃ、頂きます」


カイトもグラスを持ち、静かに乾杯する。

お互いに、ぐびぐびと飲み………テーブルにコップを置く。


「へへっ……実は、にいちゃんとこうして飲むのが夢だったんだ」


「おっ、可愛い奴だ」


身を乗り出し、カイトの頭を撫でてやる。

すると、へにゃっとした顔で笑う。


「そのうち、兄貴達とも飲みたいぜ」


「ああ、あいつらも楽しみにしてるだろう」


「今頃、何処にいるかな?」


「さてな。まあ、あの二人たら心配あるまい」


かたや風魔法の達人、かたや強靭な身体の持ち主だ。


そうして男同士、彼らの昔話に花を咲かせる。


それはなんだが、とても幸せな気分になるのだった。



翌日の朝は……怒号から始まった。


男二人正座して、またもやカエデから叱られるとは。


だが、何も言い訳はしない……約束の時間から一時間経っても起きないのだから。


「もう! 何してるのよ!」


「「はい、すみません」」


簡単な話、二人して酔い潰れた。

部屋の酒では足りず、夜の街へと繰り出したり。

朝方まで飲み……そりゃ、起きれんわ。


「もう、これだから男って……セシリア姉さんがよく言ってたわ」


「ああ、お前はよく似てるよ。とにかく、すまん。カイト、この後の仕事で挽回するぞ」


「おう!」


「はいはい、わかりました」


ちなみにだが、仙気による治癒で既に二日酔いはない。

そしてこれは、オレが師匠に初めて覚えさせられた技だったりする。

よく師匠と二人で二日酔いして、セシリアに怒られたな。


「アォン……」


「お父さん、サクヤちゃんが呆れてるよ?」


「……今回は何も言えん」


少し遅い朝食を済ませたら、手分けして情報を集める。

また男子組みと女性組みに分かれ、それぞれ同じ性別の人に尋ねる作戦だ。

男性が女性に話しかけると、警戒される恐れもあるからだ。

逆に女性が男性に話しかけると、トラブルに巻き込まれる可能性もある。


「にいちゃん、どこに行く?」


「いや、それを決めるのは先輩であるお前だ」


「あっ、そっか……こういう時は酒場かな?」


「わかった、行ってみよう」


カイトに従い、俺達は酒場に入る。

その中は喧騒にまみれており、あちこちで大人達が騒いでいた。

そしてカイトが辺りを見回して、一人で飲んでいる男に話しかける。


「あ、あのさ」


「んだぁ? ガキがこんな時間から……」


「い、いや、聞きたいことが……」


「気持ちよく飲んでんだから、邪魔すんじゃねえよ!」


テーブルにビールを勢い置いて、カイトに怒号を浴びせた。

それを見て、流石に間に入る。

カイトの手を引き、自分が前に出る。


「失礼……楽しんでいるところ邪魔をして申し訳ない」


「あぁ……」


相手が一度冷静になるのを見て、その手に小銭を握らせる。

すると、相手の顔色が変わった。


「済まないが、少しだけ話を聞いてもらえないだろうか?」


「ああ、いいぜ。女将さん! ビールをもう二杯くれ!」


「ついでに、つまみもお願いしたい」


「はいよ!」


カイトにひとまず任せろと目配せをし、男の対面に座る。

すぐに酒とツマミがやってきて、男がビールを掲げた。

それに合わせ、俺とカイトもビールを掲げる。


「「乾杯!」」


「か、乾杯!」


カイトが少し遅れて乾杯をし、ぐびぐびと飲み干す。


「かぁー! 奢りの酒はうめぇ! んで、何が聞きたい?」


「まあまあ、まずはつまみでも食おう」


「おっ、話がわかる奴だな。んじゃ、いただくか」


来た枝豆をつまみながら、ようやく本題に入る。


「最近、この辺りで魔物や魔獣の異変のような話はあったりするかい?」


「そうだなぁ……卸先の商人が、何かぼやいてたな。普段はいない魔物がいたり、魔獣の群れを返り討ちしたのに最後の一匹になっても襲ってきたとか」


「なるほど……」


魔物は知能もある者もいるが、基本的には自分以外を見境なく襲う存在だ。

しかし、魔獣には恐怖や知能があるのがほとんどだ。

勝てないと分かっているのに全滅するまで戦うのは妙であった。


「あとは、関係ないが国境付近で負傷したオーガが発見されたとか。それによって、ギルドマスターまで動いて討伐に当たったそうだ」


「何? オーガか……こんな辺境で出れば大問題だな」


オーガ、それは恐怖の象徴とも言われる。

強靭な肉体と全てを打ち砕く腕力を持ち、その凶暴性と大食漢により恐れられていた。

子供が悪戯すると、オーガがやってくるぞというお伽話があるほどだ。


「ああ、そうだな。奴らは通常種であっても、鋼級から銀級の実力者が必要だ。しかも、傷を負っているなら尚更のことだ」


「ふむ、手負いの生物ほど怖いものはないからな。なるほど、それでギルドマスターが出張ったと」


「ああ、お陰さんで討伐はできたらしい。ただ、その間に辺境都市で問題があったらしく急いで帰還したとか。今朝までは、ここにいたらしいぜ」


「なるほど……貴重な情報、感謝する」


「いいってことよ」


最後に一杯奢り、酒場を後にする。

そして、少し離れた場所にベンチがあったので座ることに。

すると、カイトが深く息を吐く。


「はぁ……情けねえ」


「……どうした?」


理由は分かっていたが、ここは吐き出させることにした。


「オレがしっかりしないといけなかったのに……にいちゃんに良いところを見せたいって。結局、にいちゃんの手を借りちゃった」


「酒場を使うのは良い判断だったと思うがな」


「いや、ああいうところはにいちゃんくらいの人が多い。オレが行くなら、同じくらいの年齢がいるところや、商人ギルドとかに行けばよかった」


ふむ、どうやら自分で気づけたか。

ならば、特にいうことはない。


「そうだな、悲しいが若いだけで下に見る人もいる」


「うん……でも、にいちゃんなら若くても平気だったよな。ああいう時は、丁寧に話しかけてから交渉するんだなぁ……オレってば、舐められたくないって思っちまった」


「確かに舐められることは悪い場合もある。ただし自分に確固たる自信があれば、そういう余裕が出てくるものだ。師匠は強いが、偉そうだったりしたか?」


「……いや、そんなことない。親父もにいちゃんも人に丁寧に接したりしてたけど、決して下手に出てるって感じはしなかった」


「大丈夫だ。あとは慣れと自信をつけていけば良い。さあ、もう一回聞き込みだ」


「えっと、一つの意見じゃ信憑性が薄いから?」


「正解だ」


頭を撫でると、カイトが照れ臭そうに笑うのだった。


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