第8話 お礼

その後、ヨゼフ殿にお礼がしたいと無理に言ったところ、それでは茶だけでもいう話なった。


なのでヨゼフ殿の案内の元、商業施設区域にある喫茶店に入ることになった。


そこは古い平屋だが、中は趣のある感じで落ち着いた雰囲気だ。


騒がしい酔っ払いなどもいなく、アルルにも良いだろう。


しかも、ここは魔獣も平気な店だとか。


「さて、では有難くご馳走になりますかな」


「はい、遠慮なく。しかし、サクヤも良かったのでしょうか? まだ、登録もしてないと思うのですが……」


俺の記憶が確かなら、街中を連れて歩くには冒険者ギルドにてテイマー登録が必要だったはず。

なので、まずはギルドに言ってからお礼をしようと思っていた。

しかし、ヨゼフ殿がそのままで良いと仰ったのだ。


「ええ、今は平気ですよ。サクヤさん、貴方は主人が好きですか?」


「アゥ? ……アォン」


突然の質問に、サクヤが渋々と言った感じで頷く。


「はは、すみません……主人というよりは、兄妹や親子のような感じで育ったもので」


「いえいえ、そういう関係も素晴らしいかと。ふむふむ……理知的な瞳に、人から見られているのに緊張もしておりませんね」


「元々、賢い種族みたいです。生まれた頃から人に囲まれて育ったので、それが影響しているのかと」


「なるほどなるほど……」


「何か気になる点でもありますか?」


「いえいえ。さあ、まずは注文を済ませましょう。ここは、この国では珍しくコーヒーがあるのです」


「それは嬉しいですね。実は、コーヒーは好きなので」


何か試されているな……ふむ、とりあえず深堀はよしておくか。

おそらく、悪い人ではないはず。

仮にサクヤを狙うような悪い人なら——その時はその時だ。


「ほう、それは良かった」


「ええ、楽しみです。アルルも、好きなものを頼んでいいぞ?」


「ふぇ? す、好きなもの……なんだろ?」


「そういえば、文字は読めるか?」


「う、ううん、読めない……」


そう言い、恥ずかしそうに下を向く。

まあ、田舎の村育ちの八歳なら無理もないか。

俺自身も、その時は全然読めなかったし。

ただ文字はわからない割に、この子は歳の割に礼儀がしっかりしている……教えられたわけではなく、そうしないといけない理由があったと考える方が無難だな。

出来るだけ、甘やかしてあげないといけないかもしれない。


「大丈夫、お父さんが教えてあげるから。それに、お父さんもアルルくらいの時は読めなかったんだぞ?」


「そ、そうなの?」


「ああ、だから安心すると良い」


「う、うんっ! わたし、頑張るっ!」


俺はアルルの頭を撫で、メニューの説明をしていく。

甘い菓子パンや軽食などもあるようだ。

俺とヨゼフ殿はコーヒー、アルルはミルク紅茶、サクヤはミルクを注文。

更に、サンドイッチを四人前注文した。


「さて、つかぬ事をお聞ききますが……」


「この子は俺の実の娘ではありませんよ。荒野で一人でいるところを、たまたま助けたのです」


おそらく、さっきのやり取りで気づいたのだろう。

隠して後でバレても面倒なので、先にこっちからバラしておく。


「そうだったのですね。アルルさん、良き方に拾われましたな」


「うんっ! お父さん、優しい!」


「お、おう……」


いかん、何やら照れくさいぞ。

これが、父性というやつなのか?


「ほほっ、しかし……やはりですか」


「……何か?」


「いえ……おや、きたようですね」


少し気になるが、ひとまず会話を中断して食事をすることに。

俺はコーヒーを飲み、その苦味を堪能する。

昔は好きじゃなかったが、師匠が好きで飲んでいて真似をするうちに好きになった。


「……美味しいですね。苦味の中に、きちんと旨味がある」


「それがわかるのは通ですな」


俺達がそんなやり取りをしていると、アルルが俺の服を掴む。

横を向くと、アルルの目が輝いて見えた。


「お、お父さん! これ、甘くて美味しい!」


「おっ、そいつは良かったな」


「えへへ……こんなの飲んだの初めて」


……この子がどういう生活を送ってきたのかは聞かないでおこう。

それを忘れるくらいに、幸せにしてあげたら良い。

師匠が、俺にそうしてくれたように。

すると、サクヤが俺を見上げて嬉しそうにしている。


「アォン!」


「そうか、お前も美味いか。しかし……口の周りが酷いことになってるぞ?」


「ククーン……」


ピチャピチャとミルクを飲んだからか、口の周りが泡立っている。

本人的には『はしたないわ』とでも思っているのかも。

仕方ないので、布巾で拭いてあげることに。

すると、次からは丁寧にミルクを舐め始めた。

これも、ヨルさんのような立派なレディーになるための一環だな。


「よしよし、上手だな」


「アォン!」


「……文句ありませんな。いやはや、見習いたいほどです」


「……何の話ですか?」


「思わせぶりなことばかりで、申し訳ありませんでした。ここを出たら、きちんと説明をいたします」


「わかりました。それでは、ひとまず食事を楽しむとしましょう」


俺達は肉と野菜の入ったサンドイッチを食べ、久々にゆっくりと昼食を堪能するのだった。


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