異世界に転移したけど、ヒロインが元妻で一緒にってマジ?

リン

第1話 終わりの契約と始まりの世界

「……もうこれで終わりにしましょう。」


「そう…だな。ホントにこれではもう終わりだな。」


「そうね。なんだか長いようですごく短く感じた三年だったけれど……。これも二人で決めていた事だしね。まずは契約満了お疲れ様でした。と言うべきかしら?」


「はは、違いない。なんせ会社で出会ってから三年、欠かさず顔を合わせる事になったんだからな。まさか『偽装結婚』なんてお前から提案された日には、仕事のし過ぎで頭がおかしくなったのかと本気で心配したが……。なんだかんだ言って、お互いの利害が一致して結婚して、とんとん拍子に話が進んで今に至ると考えると、感慨深いものがあるな。」


「まあ……。あの頃は色々とおかしかったのよ。私もあなたもね。でも、それも今日でおしまい。私は……。いえ、私たちは。三年の結婚生活を経て、めでたく元の隣人同士の関係に戻れるんだから……。とりあえず今日は無礼講って事で飲み明かしましょう?」


「まっ、そうだな。とりあえず離婚したとしても同じ会社だが……。まあ、今の俺たちは部署が違うし、別れたすぐ後とかは多少ゴタゴタがあるだろうが、長い目で見れば特に問題はなく済むだろうな。あっ!でも、俺がなんか変な事したから離婚したとか言いふらすなよ!女子どもはそういう有る事無い事いって盛り上がるって聞いた事あるしな!」


「ふふふ。あなたのDVが酷くて……。とか言ってみたら、悲劇のヒロインでも気取れるかしら?でもまあ、多少の同情はされるでしょうけど、勘違い男性社員が『俺が君を守る!』とか言って来そうで怖いから、残念だけどそれは遠慮しておくわ。理由は『夫婦の方向性の違いからの離婚』にしておきましょう。」


「なんだよ。そのバンドの解散理由みたいな理由は。まっ、金銭感覚の違いとか結婚観の違いとか……。理由なんていくらでも言えるから大丈夫だけどな。所詮はプライベートまで突っ込めない奴への表向きの説明だし。」

 


 そう言って笑う男女を挟むテーブルの上には『離婚届』と書かれた記入済みの書類が。


 この日、一組の夫婦は一つの生活けいやくを終了させた。結婚生活を始めて早三年。彼らが口にしたようにその生活はあっという間に過ぎ去り、それでいてかなり異質な日常であった。



 まずは夫婦の夫、ハジメは極めて普通の可もなく不可もなくの一般男性であった。


 ハジメはノンバイノンサーで最低限の単位を取得して大学を卒業してから、今の会社に入社して、当時の彼はそのままの惰性で今の仕事を続けていくつもりであった。


 そこに何か刺激を求めるでもなく、ただただ日常をこなしていく事。それに対し悲観や変な希望なども抱いてはいなかった。


 それは彼の二十年弱の人生で出した人生に対する解答であり、彼自身それが苦に感じた事はなかったし、それで構わないと思った。



 しかし、そんな彼の人生せいかつが劇的に変わったのは、入社して数ヶ月後のある日。


 突然、同僚兼アパートの右隣の部屋にたまたま住んでいた女、カザリからのある突拍子も無いをされてからであった。


 そしてそれは、冒頭の二人の会話であった。その契約を交わしてからである。



「いやぁ、あの時はホント俺もどうかしてた。お前から偽装結婚、いや契約結婚を持ち掛けられて、まさかのその場で返事をして、そのままの足で二人で婚姻届を出しに行くなんて……。今考えると、冷静に狂っててホントあの時の精神状態が良くなかったのが、よく分かってちょっと面白いよな。」


「あー、あなた義母さんおかあさんからひたすらプレッシャー掛けられてたもんね?流石に初めて見たあなたのスマホ画面にマチアプが5個も6個もあった時は笑ったわよ。『えっ、そんな女に興味ないです。って感じで出会う気満々なの?』って、たまたま拾ったあなたのスマホをそのままゴミにポイしようか迷ったわ。」


「おいおい、スマホは現代人の第二の命だぞ。怖い事言うなよ……。まあ、そのおかげでお前は俺に声掛けるキッカケになって、お互いの利害が一致したんだから、ある意味では運命を感じたよ。ホント違う意味で。」


「まあね。私は家の方針で早く結婚しなさい。あなたは親のプレッシャーで早く彼女を作って親に見せないといけない。ありきたりな話ではあるけど……。中々どうしていい人が見つからなかったから、正直、あなたのスマホの中身を見て渡りに船だと思ったのは否めないわね。そういう意味であなたの言う運命というのもあながち間違いではないわ。」


「わー、こんな淡白な運命の感じられ方は初めてだー。てか、しれっとスマホの中身を見たって言ってたけど……。ちょっと個人情報を特定出来る物を見ただけだよな?そのメールとか写真とか……。そうだよな?」


「ええ。私はあなたのスマホって殆ど分かっていたし、簡単な確認とちょっとを見ただけで……。何も変なモノは見ていないわよ?だから安心して?あなたの性癖に関する記憶はちゃんと墓場まで持って行く予定だから……。っね?」


「いやいや!完全に個人のプライバシー侵害しちゃってんじゃん!これ訴えたら勝てる案件だろ。弁護士相談不可避だわ……。」


「何?妻に自分の性癖が知られて恥ずかしいとでも相談するつもりなの?そんなの弁護士に鼻で笑われて、『リア充爆発しろ!』って言われて終わりなだけの案件よ?」


「ワイフ面はやめようね?それにたった今離婚したんだから、お前は妻からお隣さんにまで降格してるんだからな?そこんとこok?」


「あら?まだ役所に届出を出してないのだから、私はまだあなたの妻のままよ?なので、その訴えに正当性はありませんが?」


「地味な正論が小賢しい……。はぁ、まあそれはいいよ。そもそも第二の命スマホを落とした俺が全面的に悪いんだしな。それに変な奴に拾われるよりは何倍もマシだからな。」



 軽快な会話の応酬に一頻り満足をした二人は少しの間無言になるが、夫婦の妻、カザリは自分のこの三年を振り返っていた。



 かつてそれなりのランクの大学を出て、親の言われていた就職条件以上の会社に就職したカザリは非凡な女性であった。


 元から地頭は勿論の事、誰とでもすぐに打ち解ける事の出来る外面の良さ、それに加えて類い稀なる容姿の端麗さによって、瞬く間にカザリは会社のインフルエンサー的存在として皆から崇められる事になった。


 それはカザリにとっての生き方であり、処世術で、意図してそのように振る舞う事で彼女は周りに味方を多く従えて生きてきた。


 男女問わず老若男女に人気なカザリは欠点らしい所は見当たらず、特に悩みらしいものもないように思われ過ごしていたのだが……。


 そんな彼女ですら頭を抱えたくなる悩みが当時のカザリにはあったのだった。



「でも、助かったのは私の方も同じね。さっきも言ったけど、あの時追い込まれていたのは私も同じだったもの……。まさか就職を決めた娘に掛ける言葉が、就職おめでとうとかじゃなくて、『就職が済んだならさっさと身を固めろ。』だもの。我が父ながらあの言葉を聞いて、見合いの話を幾つも持ってこようとした時には……。本気で脳天をかち割ってやろうかと思ったわ。本気と書いてマジで。」


「い、いや……。俺もその話を聞いた時はどうかと思ったけど……。ポジティブに考えれば娘の幸せを願ってたと言えなくもないじゃないか?ほら、ホントにどうでもいい相手ならそんな事すらしないような感じだろ?

 まあ、『娘はお前の人生ゲームを彩るキャラクターなんかじゃねーよカス。』って、思ったのは否定しないけどさ……。」


「いや、私も不満は持ってたけど、そこまで火の玉ストレートで思ってなかったわよ……。

 まっ、その意見は概ね同意ね。だからこそ、『結婚はするけどそれをずっと続けるとは言ってない。』って、捻くれた事を考えて、偽装結婚なんて考えたのは……。ある意味で父への反発だったのかしら?」


「うわー、最悪の反発の仕方だそれ。自業自得とは言え少しだけ同情するわ。まっ、そんな状況なら偽装結婚を提案するのも仕方ないか。勝手に父親に決められた人とお見合いをさせられるよりは、自分で探す方が幾分かはマシだよな。それにお見合いだとやっぱり父親のメンツもあるし、断り続けるのも難しくなるからホント達の悪い縛り方だな。」


「……まあね。父は昔からそういう人だったわ。何でもこちらに押し付けるだけ押し付けてきて、最終的に私が逃げられないようにどんどんこちらの道筋を絞ってきた。

 だから、父の言った『身を固めろ。』って事でさえ、私を管理しやすくする為の一つの手段でしかないんでしょうね。」


「そのクセ体面が整っていれば後は何でもいいってのがよく分からんな。結婚の挨拶でも俺の事について特に聞いてこなかったし、その後会ってもカザリの夫である男くらいの感覚で接するだけだもんな。こりゃ、『三年も結婚生活を経て離婚すれば体面は整ったと考えるわよ。』って言ってたのも納得だな。」



 カザリが偽装結婚を提案した際、最初ハジメはそんな事しても何の意味もないし、そもそも離婚してしまったら、何かしらお叱りがあるのでは?などと思っていたのだが……。


 そこは彼女が言うように、結婚さえしてしまえば後はどうとでもなるようであった。


 流石に結婚して即離婚はアレなので、そこは三年と期限を決めて提案してきたのだが。



「まっ、それも今日でようやく終了よ。明日の朝にはこの離婚届を持って役所に提出するんだから……。今後はお互いがお互いの生活じんせいを続けていきましょう?」


「……ああ。そうだな。まっ、それでもお隣で同じ会社なんだ。それなりの付き合いではあるし、今度は友人としてでも仲良くやっていかないか?俺としては割とこの時間が気に入ってたりするんだ。」


「……そうね。私も嫌いじゃないわ。この時間。まあ、あなたがどうしてもと言うであれば、たまにはこうして晩酌をするのもやぶさかでは無いわね。……感謝する事ね?」


「まあ……。美味しいツマミとかある意味で楽しい会話を提供してくれるお前にはいつも感謝してるよ。じゃあ、そろそろ寝ないと明日に差し支えるだろうし……。今日はもうお開きとしますか。後片付けは俺がやるから、お前は先に寝といて大丈夫だから。」


「嫌よ。あなたがやるといつも温水になるのを待たずに何でも冷水で流しちゃうんだから。片付けは私がやるから、あなたは明日の仕事の準備でもしておいて。あっ、私が寝室に入ったら、問答無用でその作業を終了させるからそのつもりでお願いね?」


「さいですか。まっ、ここはありがとうと言っておくわ。じゃあ、おやすみ。」


「ええ、おやすみなさい。」



 こうして二人はその日を終えて、明日を迎える。契約結婚を終えて、新しい生活が始まるそんな日常せいかつを思い浮かべて。


 ホント人生、何が起こるか分からない。

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