第11話 王太子とヨシュアの言い分

 向かい合う王太子から俺を背中に庇いつつ、ヨシュアは毅然とした態度で王太子に相対する。ああー、止めてくれ。益々面倒になるじゃないか。こういうのは素直に謝ってハイハイ言っときゃいいんだよ。変に反抗すると、相手が怒ってどんどんいきりたち、話が複雑化するだろうが。ヨシュアは俺の我儘に巻き込まれただけなんだから、下手に紳士的態度を取るくらいなら、巻き込まれた被害者らしく引っ込んでいてくれ。そんな俺の内心の願いなど当然届く筈もなく、ヨシュアは友好的な調子は崩さないながらも、ややキツめの口調で王太子に向かって主張を始めた。


「王太子殿下。お話なら私が別室でいくらでもお聞きしますから、少なくとも今はイーライを休ませてあげましょう。彼はこんなに顔色が悪いのに、無理に付き合わせたら可哀想だ」

「はぁ!? そうやってイーライを庇ってこいつだけ逃がす気か!? そんなの許さんぞ! 別にイーライの事なんて私はなんとも思ってはいないが、だからって婚約者の立場に居るそいつに好き勝手されたら、私の名誉に傷が着くだろうが! 第一、ついこの間まで魔物に群れを相手に殺戮の限りを尽くして、とうとう魔物の王まで倒していた奴が、今日に限って元気がないなんてそんな貴様等にだけ都合のいい話を信じる程、私が馬鹿だとでも思っているのか!? 大方あれこれ理由をつけて、逃げるつもりだろう!?」

「そう仰られましても、イーライの具合が悪そうなのは厳然たる事実なのですが……。だってご覧下さいな、この血の気の失せた青白い顔を! この間まで元気だったからって、今日も変わらず元気だという保証にはなりませんよ。人の体調が秘により移り変わるのは、当然でしょう? 気を張っていたのが大仕事を終え緩んだだとか、魔物の王との戦いで傷を負ったとか、不調の理由はいくらでも考えられます。何にせよ、この誤魔化しようのない顔色を見れば仮病でも何でもなく、イーライが本当に体調を崩しているのは明らかです。具合が悪い人間は思いやり、気遣ってやるのが当然です。王太子殿下だってこれまで、周囲から過ごされてきたのですから、当然お分かりですよね?」


 まさか自分が呪いが原因で体調が優れなかった時は周囲にあれだけ長期間に渡り莫大な配慮を求めておいて、これまで頑張り続けだった婚約者が調子を崩したらなんの気遣いもしないつもりか? まさか、そんなダブルスタンダードで身勝手な事は仰いませんよね?


 ヨシュアの言葉の裏にそんな言外の圧を感じる。流石に王子もここで自分はいいんだ特別なんだから! と言い張るような幼稚な真似は恥と感じたらしく、グッと口篭った。うーむ、どうやら一応自分が呪いを理由に甘やかされていたという自覚はおありらしい。まあ、そんなの抜きにしても、今なお現在進行形で王太子は甘やかされていると俺は思うのだが。俺の部屋に怒鳴り込んできておいて、止める人間も騒ぎを聞き付けなだめに来る人間も居らず、好き放題放置されているのがいい例だ。


 しかしここで無様にヨシュアにやり込められて黙っている王太子ではない。元々王太子の性格が、ものすごぉく悪くて気に入らない人間にはとことん底意地の悪い事をする、というのもある。しかし、そうでなくとも王太子は自分より優秀なこの王家遠縁の公爵令息を昔っから敵視しているのだ。王太子はそれなりに馬鹿だが、折角にっくきヨシュアを攻撃する材料を手に入れておいて、それをみすみす放り出す程の馬鹿ではなかった。いや、そうやって自分の感情の制御がきかずに余計な波風を立ててしまう、という意味では……ある意味馬鹿なのかもしれないが。


「それなら! ヨシュア! イーライではなく先ずはお前の方から話を聞こうじゃないか! 私の婚約者の部屋を家族でも友人でもないお前が訪れた理由を、ジックリ時間をかけて聞かせてもらおう。イーライから話を聞くのは、それからでも遅くはない。昔っから何をやらせても優秀だった貴様の事だ。さぞやご立派な弁明が聞けると期待しているぞ? まさか、お前の方まで今は気分が優れないだなんて、そんな事言い出さないよな?」

「ええ、いいでしょう。ですが、先程も申し上げました通り場所はこの部屋から移させてください。ここで話し合いを始めては、イーライがゆっくり休めない」

「フンッ! よかろう、これから聞くに絶えないみっともない言い訳を聞かせてもらうんだ。その前に少しは望みを叶えてやろうじゃないか」


 おっと、まずいぞ。これは良くない展開だ。この流れでいくと、王太子とヨシュアが取り返しがつかない程に敵対する道筋に突入してしまう。いや、今でも敵対していると言えば敵対しているが、それでもここで2人をストッパーなしに好き放題話し合わせてしまえば、気が短く考えの足りない王太子が権力にものを言わせてとんでもないことを仕出かしそうだ。


 それこそ、独断でヨシュアを投獄するとか、最悪の場合切り捨てて勝手に処刑とか。ヨシュアの実力をもってすれば回避は訳ないが、その行動は下手すると王家に叛意ありと捉えられかねない。よそうすれば、最終的に王家とベンデマン公爵家の深い対立に行き着いてしまいかねない。最悪この国で内紛が起こる。折角魔物の王を倒して世界平和を果たしたのに、冗談じゃない!


 あの時どうしてヨシュアがノってきたのかは分からないが、元を正せば全ての発端は俺の都合で勝手に始めた不興を買おう大作戦に他ならない。俺は自分が処刑されればそれで満足だが、死刑になった後に禍根を残し、更に言えばヨシュアだけでなく彼の実家のベンデマン公爵家やその周りまで巻き込んでしまう程の騒ぎを起こしたいとまでは思っていなかった。愛着が薄いとは言え母国に内紛の種を残し世を荒らすなんて、とんでもない!


 それが勝手をした俺なりに、最低限守るべき一線だと思うのだ。だからこそここで俺の与り知らぬ所でやり合われて話がとんでもないところに飛んでいって着地しかねないのは勿論、そもそもこの2人を直接対決させるのだって喜ばしい事ではない。場所を移そうと早速動き始めた2人に、俺は大慌てで今から彼等の間に体を割り込ませどうにか王太子を落ち着かせるのは無理でも、せめて追求の矛先は俺に向けなければ……と口を開く。じっくり深く考える時間はない。さも真実かのように、瞬発的にそれらしい事を言わなくては。そんな素早い考えの結果、咄嗟に出てきた言葉とは。


「ヨシュア、変に庇い立てしなくていい。ジュレマイア殿下、彼がここに居るのは、他ならぬ俺が昨日『明日朝一番に訪ねてきてくれ』と彼に頼んだからです」


 ねぇ、そうだろう? とヨシュアに意味深に見えるよう精一杯努力したつもりの表情を向ける。普段から徹底して無表情の俺にはかなりハードルが高いチャレンジだ。しかし、無表情が常だからこそ俺が表情を顕にした事に周囲は驚いたらしく、その中身までは気にならなかっやたようだ。ここで大事なのは、王太子に厳しく叱責されても眉一つ動かさなかった俺が、ヨシュアに対してだけ表情筋を動かし彼を庇った事。この事実だけで、周囲は上手く色々な情報を補完して、勘違いをしてくれたらしい。にわかに動揺した週の反応を見ながら、俺はこれからが正念場だ、上手く騙し切らなくては、と腹の底で覚悟を固めた。

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