第6話 予想外の答え

「イーライ・フレネル……。貴様、今自分が何を言ったのか分かっているのか?」

「ええ、勿論。当然理解した上で、口に致しましたので」


 口調がキツくなり、目つきも鋭くなった国王を真っ直ぐ見つめ返す。俺の発言を王家への、引いては自分への侮辱と捉えているのだろう。自国が立ち上げた魔物の王討伐隊が上げた比類なき成果に上機嫌だったのが、今や見る影もなく氷点下の厳しいオーラを纏っている。


 よしよし、いい感じだ。これで俺の印象は間違いなく最悪。こっから一足飛びに不敬罪で処刑に一直線、なんて事も夢じゃないかも。周囲の冷たい空気も他所に、俺は内心ほくそ笑む。まあ、心が死んでいる期間が長いせいで、表情筋の動かし方をすっかり忘れてしまっており、表向きに見た感じはいつも通りの無表情だったろうが。


 しかし、その無表情が王の威光を気にせず凍てつく敵意にも一切動じていないようで余計に不遜な態度に見えたのか、国王は更に眉根を寄せる。今のは王家の権威に対する挑戦とも取られかねない発言だったが、後悔は一切ない。そんな俺の不遜で尊大な考えが、態度からも滲み出ているのかもしれなかった。


「イーライ! 貴様、王太子である私の婚約者でありながら、公然と不貞を要求するつもりか!?」

「ジュレマイア殿下、そんなに難しく考えないでください。単なる婚前の軽い火遊びってやつですよ。殿下も男なら、たまには違う相手も楽しみたくなるのは分かりますよね? 男相手なので魔法を使わなければ一線を超えても子供はできませんし、これくらい許容できる度量がなくては将来苦労しますよ?」

「なっ!? はっ!?」


 重なる侮辱に我慢できなくなったらしい王太子が、思わずといった様子で立ち上がり俺を怒鳴りつけてくる。俺はそれをなんでもない事のように適当にいなして、なんならヤレヤレと軽く溜息まで吐いてやった。この間までベッドに伏せってばかりで青白い顔をして弱々しい呼吸しかできなかった王太子だったが、今では俺が呪いを解いたのとかなり怒らせたのもあって顔が真っ赤だ。いっそドス黒いとも言えるような色合いになったその顔に、血の気が戻ったようで何よりと他人事のように考える。


 そもそも、彼との婚約は王家が俺を逃がさないよう首輪をつけるという意味合いが強かった。王太子自身もその事をよく理解している。俺はどうせいつかは弱った体で子供を産んで死ぬ事が前提の婚約者であり、建前だけの伴侶だったからな。共に国を支えていく生涯のパートナーにはなり得ない。その事は俺よりも王太子の方が重々承知しているだろう。


 だって彼は俺が看病の為に部屋に行く度に俺の健康な体や自らの足で外を歩ける自由を妬み、その恨み言ばかり投げつけてきた。それこそよくもまあ自分の呪いを緩和してくれる相手、更に言えば生き死にや呪いの苦痛を取り除いて生きやすさの加減の調節を一手を任されている相手にそこまで暴言をはけるものだと思ったくらいには色々言われたもんだ。少なくともあれは婚約者に向ける態度ではなかったし、実際王太子の呪いを緩和する作業は俺にとって負担が大きく、その辛い作業の最中に際限なく悪口を吹っ掛けてくる王太子の事を、俺は結局好きになれなかった。


 まあ呪いで苦しみの多い可哀想な子だ、尊い身なのに不憫だ、と散々周囲から甘やかされ可愛がられ続けた結果だろう。王太子は自分を世界で1番の不幸者と思って憚らず、そんな自分はその不幸を免罪符に何をしても許されると思っている節があったから。彼の身の上が不憫じゃないとは言わないが、不幸の度合いを他人と比べどっちがより不幸が比べるなんて、それ程不毛な事はないと言うのに。人にはそれぞれその人だけの不幸や悲しみがある。単純に比較なんてできやしない。少なくとも、俺はそう思う。


 何にせよその哀れで可哀想な王太子も、長年呪いの苦しみを緩和させる事止まりで完全な解呪にまでは至れない俺を、力足らずの半端者だと好いてはいなかった。そこに健康や自由に対する妬みが重なればもう後はどうしようもない。健康な体は長年積み重なった酷使される環境の中でとっくの昔に損なっていたし、王太子のように1つの部屋から動けないのと違ってあちこち外を役目の為に連れ回されるだけで、小一時間眠るのさえ許可が必要な自由行動のできない生活をしてたってのにな。


 まあ、さっきも言った通り不幸比べなんて不毛な事はしないが、だからって俺が王太子が思うように健康で自由な幸福に塗れた人生を送っていたなんて思わないで欲しい。衣食住は保証されていてもそれは国や周囲の役に立つ働きをする事と引き換えだった。怖気付こうものなら、その命にすら価値がないと囮として魔物の餌にされる事は明白である。そんな俺と比べ、少なくとも王太子には不自由であろうとも命の保証も、ある程度の尊厳も、恋愛の自由すらあった。俺にはそのどれもない。


 そう、王太子には秘密の……というか、非公式の恋人が居る。向こうは俺が知らないとでも思っているのだろうが、バッチリ知ってるぞ。王太子の婚約者だからって同性だろうが子供だろうが年寄りだろうが、誰とも近しくする事が許されていない俺とは違って、王太子はいつ死ぬかも分からないから、将来生涯を共にするを見つけるなら早い方がいいから……なんて最もらしい言い訳と共にあっちの恋愛は黙認されていたのだ。


 御相手はさる公爵家の令嬢で、彼女が俺のせいで恋しい王太子との仲を公然のものにできないのを心底恨んでいるのも、そんなお邪魔虫の俺を恋のスパイスに2人が悲劇の恋人気分で酔いしれて盛り上がってるのも、俺は全部知ってる。王太子の部屋に看病に行った時にこれみよがしに残された女の痕跡や、公爵家からの公然とした細々ことした嫌がらせ、とってものご注進で大体の事は把握済みだ。


 俺も別に王太子の事は好きでもなんでもないのでくれてやってもどうという事はないし、なんなら最初から自分のものという認識もない為横取りされたとも思っていない。だが、その事を思えばこうしてただ愛人を欲しがっただけの俺を、既に浮気済みの向こうが責め立てるのは違うだろうに。それはそれ、これはこれ、というやつだろうか? 自分がするのとされるのとは別。立場が違うのだし、仕方がないとでも? まったく、都合のいい事で。


 ま、何にせよ事の運びは上々だ。国王は静かに、王太子は見るからに怒り狂っている。しめしめ、これなら直ぐにでも死刑にされそうだ。なんならこの場で王家に対する不敬を理由に切り捨てられるかも。拷問が省かれる分お得だし、傷口からの失血死なら最後は痛みも感覚もなくなるし、切創や刺創による即死なら願ってもない。


 これまで討伐一辺倒の人生を送り、尚且つ仮にも王太子の婚約者である俺には親しくしている相手は1人もいないし、この場で俺の人間性を垣間見た周囲からの印象はきっと史上最悪だ。しかも怒りを買った相手は至尊の一族である王族。絶対に俺なんかを庇い立てする相手は出てこないだろう。見事不敬罪での処刑までの道筋が整ったのだ。不穏な空気を後押しするような周囲からの冷ややかな視線に、喜ばしい流れを感じ期待に胸が高鳴る。


 よし、ここはもう少し欲張ってみて、最後の一押しもしてみるか。そう、さっきこの一連の騒動のきっかけとして巻き込んだ、ヨシュアからの拒絶だ。それさえあればヨシュアは不遜な俺の一方的で傲慢な欲望に迷惑し拒否をする、常識的で可哀想にも巻き込まれただけで無関係の被害者と言う立ち位置を確立できる。


 またそれだけでなく、ヨシュアやヨシュアの属するベンデマン公爵家は俺ではなく王家に与する立場だと内外に知らしめられるので、揺るぎない忠誠心のアピールにもなるだろう。更に言えば俺という不道徳な存在を正す立場に立ったとして誠実さやなんかもアピールできる。


 確かヨシュアはもうそれなりの歳なのに、討伐続きで旅暮らしが長かったせいかまだ決まった婚約者が居なかった。ここで誠実さと王家との絆、高潔さを示せば、それだけで婚約者候補に名乗りを上げる令嬢が地平の果てまで列を成すだろう。迷惑料には安いが、無関係なのに手間をかけさせた詫びの証としてせめてこれくらいの配慮はさせて欲しい。栄誉はあっても実権がなく魔物に対する殺戮能力しかない俺にできるのはこれしかないからな。


 ここでヨシュアが俺を受け入れる可能性は万に一つも有り得ない。だって考えてもみろ。直接言葉を交わした事だってあるかないか定かでもない相手に、いきなり愛人になれと要求されて、受ける男が居るか? 親しくないのでヨシュアの性格は知らないが、相手がプライドが高いと決まっている高位貴族なら尚更だ。なんと無礼な事を! と憤り、なんなら自ら俺をお得意の魔術で縊り殺す役を買って出てくれるかもしれない。


 ヨシュアの腕は確かだ。聖魔法の使い手ではないのに強力な魔物も屠れる彼の腕なら、俺でもきっと跡形もなく死ねる。よしんば態々自ら手にかけるまでもないと判断されても、ここで働きかける事で俺の処刑を促す空気への後押しくらいにはなる筈だ。そう考えた俺は早速ヨシュアに大々的に嫌がってもらって彼の対面を整え、それのみならず自らの傲慢さや不誠実さを示すべく水を向けようと口を開く。


「やれやれ、頭のお堅い国王陛下や王太子殿下にはどうにも俺のこの先進的な考えはご理解いただけないようですね。ヨシュア様はどうですか? 俺の愛人になる事に、興味はおありで? 魔法をかなり使いこなせるくらいですから頭は悪くないでしょうし、あなたになら分かっていただけるのではないかと期待しているのですが」


 言外に国王や王太子を公爵家次男よりもお馬鹿だと当て擦るのを忘れない。実際国王は年の功もあるしどうだか知らないが、呪いを理由に王太子教育も何も投げ出して生きてきた王太子は確実にヨシュアより出来が悪いだろう。魔法なんて魔力があっても難しい理論を頭で組み立てなければ使えないのだし、それを容易く扱って見せる事で公的に魔法使いの称号を得たヨシュアが相手なら、尚の事。俺みたいに持っている剣に馬鹿の一つ覚えで魔力を纏わせそれを魔物に突き刺し殺すしかできないのとは訳が違う。


 現実に俺が類稀なる聖魔法を潤沢に持った人間として有名ならば、ヨシュアは先天的に使いこなせるかどうかすら決まってしまう聖魔法以外は全属性操れる天才として名高い。その揺るぎようのない厳然たる事実に、自分はなんの努力もしない癖して王太子は立場が上のこっちを差し置いて……と、嫉妬していた。だからこそ今の当て擦りはかなり効くだろうと期待している。


 チラリと視界の端で見れば、王太子の顔色はもうなんとも形容しがたい色にまで至っていた。よしよし、素晴らしい結果だ。後は予定通りヨシュアが俺を拒絶すれば全ては丸く収まる。……筈だった、のだが。


「これはこれは、名高い勇者殿から直々に愛人として望まれるとは、我が身に余る光栄です。その申し出、喜んでお受けしたいと思います」


 ……は?

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