ねえあなた。私に興味なんてないんでしょう?

Yuki@召喚獣

ねえあなた。私に興味なんてないんでしょう?

 一人暮らしのワンルームで目を覚ます。私一人分しか熱のない冷めたベッドと、しつこく残るタバコの匂い。

 私の前では吸ったことないけど、隠れて吸ってることくらい知ってるんだから。


 嘘くらい上手についてよね。騙されてあげるのだって大変なんだから——











「ただいまー」

「お帰りなさい!」


 疲れた様子の彼を出迎えて荷物を受け取る。時刻はもう二十三時を回っていて、そろそろ深夜に差し掛かろうという時間帯だった。

 彼はそこそこの商社に務める営業マンで、学生時代なんかは友人たちとバンドを組んで歌って遊んでをしていたような、そんな派手な学生だった。


 私と彼の出会いは彼がまだバンドを組んで派手に遊んでいた時だった。たまたま彼のバンドのライブのチケットを知り合いからもらった私は、たいして興味もなかったけどもらったものを無駄にするのも悪いな、と思ってライブハウスに足を運んだことがきっかけだ。

 そこで彼と知り合って、話すようになって、連絡先も交換して……気づけば私と彼は深い中になっていた。


 恋人……なんて綺麗な関係ではない。どちらも告白なんてしてないし、付き合うとか付き合わないとか、そういった話もしたことはない。

 それでも彼はよく私の家に泊まっていったし、私も彼の家に泊まっていった。


「ご飯はどうする?」

「んー……ごめん。食べてきた」

「そっか。わかった」

「ごめん。明日はちゃんと早く帰ってくるからさ!」

「もー……昨日も同じこと言ってたよ?」

「え? そうだっけ?」


 彼から受け取った荷物と上着を片付ける。お風呂の湯は多少冷めてしまってるかもしれないけど、まあ入る時に追い焚きでもするだろうから大丈夫なはずだ。

 彼は子供のようにポイポイと自分が着ていたものを脱ぎ散らかすと、そのままお風呂に入って行った。


 彼にとって私は都合のいい女……なんだと思う。

 学生時代の彼の交友関係は私なんかとは比べ物にならないほど派手で、いつも私の知らない女の人が変わるがわる彼のそばにいて、派手な格好をした男の友人が大きな声ではしゃいでいた。


 私はそんな彼の周りの交友関係には馴染めなかったけど、なんとなく彼と馬があったのかなんなのか、自然と一緒にいて、自然とそういう関係になって…‥。

 私は流されたんだと思う。断らなかった私が悪くて、彼は悪くなくて……なんて一時期考えもしたけど、やっぱりこういうのって誘った男の方が悪いと思うのよね、なんて。


 これは単なる愚痴だってわかってる。私が悪いことだってわかってる。

 私の気持ちは単純に好きって気持ちだけで割り切れるほど純粋でもなくて、それでも彼に対して離れ難い思いを抱いているのも事実で、だから学生から社会人になった今でも彼が私の家に来ることを止められなくて……。


 彼が放り投げたシャツを拾い上げる。彼は残業だなんだって言ってるけど、そもそも私の家に住んでるわけでもないし、私と付き合ってるわけでもないから、遅い時間になることに私に言い訳なんてしなくたっていいのに。

 彼はなぜかいつだって私に言い訳をしてきて、私に見栄を張ってくるのだ。


 タバコなんて吸ってないって私には言ってくるけど、どう考えたって染みついたタバコの匂いをさせてるし。今日だって残業だって言ってたけど、拾い上げたシャツからはお気に入りのキャバクラの名刺が落ちてくる。

 彼は「上司に無理やり連れて行かれるだけで俺が通ってるわけじゃねーから!」なんて言ってるけど、こう何度も何度も拾い上げてたらそれが単なる言い訳に過ぎないなんてすぐにわかることだ。


 別に私は純情な乙女ってわけでもないけど、やっぱりこういうのを見ると傷ついてしまって。付き合ってるわけでもないから私から彼にどうこういう権利なんてなくて。

 むしろこんな彼なのに、私の家にきてくれることを嬉しく感じてしまっている自分もいて。「ただいまー」って言って、渡した合鍵で部屋に入ってくる度に玄関まで出迎えてしまう自分がいて。


 自分で自分が嫌になる。私は彼にとっての都合がいいだけの女ってわかってるのに。それが自分でやめられない。

 多分彼は私に興味なんてなくて。いつも私が目を覚ます前に私の家からいなくなっている。


 今日だって多分そうなんだ。

 お風呂から出たら私を胸の中に抱いて、私の瞳を見つめて、その時だけの情熱的な言葉を紡いで……それで、日付が変わって朝になる頃には、私に魔法をかけたまま私のそばからいなくなるのだ。


 私はそれがたまらなく嫌で、でも、どうやったって抜け出せなかった。











 彼は行為中に、やたらと私に「好き」という言葉を浴びせてくる。ことあるごとに私の名前を呼んで、私の名前に「好き」をくっつけてくる。

 本当はそんなこと思ってもないくせに、そう言っておけば私が喜んで彼から離れられなくなってしまうのを知っているから。


 本当にずるい。本当に嫌い。

 好きでもないのに好きって言ってくる彼も。それに彼の思惑通りに喜んでしまう自分も。


 本当に私のことが好きなら、行為が終わった後冷たく背中を向けて寝てしまうはずないのに。その背中を見て、私が何を思ってるかなんて知ろうともしないで。


「私のこと、興味なんてないんでしょう?」


 なんて、確かめたいけど確かめたくなくて、本当のことなんてとっくにわかってるのに口に出してほしくなくて、ずるずるとこの関係を続けてしまっている。

 本当に悪いのは誰? そんなの私に決まってて。


「好き、好きだよ……手放したくない」

「うふふ……ありがと」


 私は私に興味のない彼が、私のことを気にしているふりをするたびに騙されてあげるの。

 だから、お願いだからもう少し上手に嘘をついて。私が嘘ってわからないように嘘をついて。


 騙されてあげるのだって大変なんだから。ねぇ————

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ねえあなた。私に興味なんてないんでしょう? Yuki@召喚獣 @Yuki2453

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ