転生帝国

夜のエランノールで一際目立った存在を放つコンフィ城

街の兵士達はこの城を根城とし、街の治安維持や外交支援などに従事している。


兵士の数は120名程が在籍し、その多くの一兵卒それぞれに個室は与えられず、

大浴場で1日の汗を流し、共同寝室で眠りにつく生活を送っている。

そんな城内の上階に位置する一番の広さと浴室も完備され、街の景色を一望できる部屋で暮らすのが兵士長だ。



「おかえりなさいませ。アダム様。」

メイド服を身に纏った艷やかな黒髪ロングヘアの女性は、部屋の主である兵士長に向け一礼し出迎える。

長身のアダムより少し劣るほどの身長の持ち主である彼女は主の入室を確認し、丁寧に部屋の扉を閉める。


「ニーナ、すまないが先に風呂を済ませたい」

「用意できております」


アダムはまだ乾いていない返り血の付いた籠手を外しながら続けた。

「流石だな」

「恐れ入ります」

ニーナは謙虚な姿勢を示し、アダムの甲冑に手を掛け外すのを手伝い始めた。


甲冑を全て外しきり、残った黒装束を脱ぎ捨てる。

露わになった鍛え抜かれた肉体には、無数の痛ましい傷が刻まれている。


「アダム様、此度の転生者は治癒ヒールスキルの持ち主では無かったのですね」

ニーナはアダムの傷に心を傷ませるような表情で問いかける。

「ああ、盗取スティールだったよ。それも下級のな。せいぜい林檎を奪うくらいでしか役に立たないだろう。」

ため息交じりでアダムは続けた

「それに、治癒ヒールスキルが手に入ったからといって、今までの傷が癒える保証もないしな。気長に待つさ。」


そう言い終えると、アダムは浴室へと歩みを進めた。

「アダム様、お背中お流しいたします。ご一緒しても?」

「ああ、頼む。」

ニーナは主人の承諾を確認し、静かに一礼をした後、メイド服をまるで薄雲を払うかのようにそっと脱いでいく。



大人が2名で入っても余裕のある浴室では、石鹸を綿飴のように泡立て主の背中を丁寧に洗うニーナ。

アダムはそれを日々の習慣のように受け入れ、身を任せる。



「アダム様、本日お部屋を掃除していましたらシーナと思われる髪の毛が枕元に落ちていました...昨晩はシーナとご一緒で...?」

主の背中に向かい恐る恐る伺ったニーナは少しショックを受けている様子で、背中を洗う力が弱まっていた。


「....よく気付いたな。双子とは言え黒髪で、長さだって変わりないのに気づく物なんだな...。」

「気付きますわ...艶が違いますの。あの子は大酒飲みだから....」

「自分の方が綺麗だと?」

アダムは間髪入れずに意地悪そうに尋ねた。

「もちろんですわ...!私はアダム様に仕える身として、いついかなる時もお応えできるよう努めております。それに比べてシーナはいつだって飄々として気づけば酒を飲んでる...」

強い口調で話していたニーナは段々と申し訳無さそうに尻すぼみになっていく。


「アイツはアイツなりの魅力がある。ああいう奴は皆に好かれるしな。現に兵達の喧嘩の仲裁にはシーナが一役買う場面だってあってな。まぁ、気付けば酒を交わし先に酔っ払っているのはアイツだが。」


思い出し笑いを浮かべ、そう語る主の背中に隠れるように小さくなっていくニーナ。

その小さくなる体温を感じるようにしてアダムは一呼吸置き続ける。


「...とは言え、メイド服を着ているだけで仕事をほとんどしないシーナに比べて...ニーナ。お前にはいつも感謝している。ありがとう。」

背中越しの会話を止め、ニーナ方へと体を向ける。

下を向くニーナの顎を軽く持ち上げる。シーナとは対照的に大きく実った胸に少し手が触れた。

しっかりと目を見つめ主として誠心誠意、仕える者への敬意と感謝を示すアダム。

主の澄んだ瞳に真っ直ぐと見つめられ、ニーナを頬を染めていた。


「アダム様...今日は私と共にしていただけますか...?」

普段は気丈に振る舞うニーナが、潤んだ瞳で主にしか見せない表情を浮かべ懇願している。

「もちろんだ。」

その言葉を聞いたニーナは喜びのあまり、互いの距離を縮めるも、主の肉体を可細い腕は全てを包み込むことなく、軽やかな抱擁にとどまる。



———小鳥が囀り、朝の訪れを伝える。

大きく伸びをした後、音のする方へ目を向けると、

ニーナは既にいつものメイド服に着用し、主が起きるであろう時間を完璧に予測し淹れたてのコーヒーを用意し一礼して部屋を後にした。

本当によく出来たメイドだ。


コーヒーを手に取り、同じテーブルに用意された朝刊に目を通す。

この時間はいつも転生前のサラリーマン時代を思い出す。


『マザーク共和国に反撃の狼煙。モリス国王敗走か。』


アダムは物騒な見出しに眉をひそめながら記事を読み進めた。

文中にはっきりとした記述はなかったが、行間から感じ取れるのは、何者かが持つ驚異的なスキルだった。

それはまるで、戦況を一変させる力を秘めているかのような雰囲気を漂わせていた。


「読まれましたか。」

「あぁ。こいつは恐らくだが...転生者だ...」

城の中でも上階に位置するこの部屋の窓にまるで猫のようにミケは腰掛け、アダムの手にある新聞に視線を送りながら続けた。

「マザーク共和国は転覆寸前でした。それをここまで持ち直しているのが事実であれば、外部の力が介入したと考えても不思議ではにゃいですね。」


「そうだな。少し調査を行いたい。ミケ頼めるか?」

「御意」

ミケをその一言を発した後、すぐに姿を消した。



戦況を一変させるスキルか...もしそれが本当で、ぽっと出があの戦争に介入しマザーク共和国に花を持たせるような動きが出来るのはかなりの切れ者...


———ふざけるな。


このコーヒーだって俺が必死に苦労して前世と近い物にまで仕上げたんだ。

今や王都でだって飲まれる嗜好品にまでなった。

豆の仕入れから流通まで行って、雇用も産んだ...それだけじゃあない。

半泣きで挑んだ窃盗団退治。

血と汗と小便撒き散らしながらドラゴン討伐までして手に入れた、地位、名声、富、女!!

奪われるわけにはいかない...絶対にだ。

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