さよなら異世界転生
武井とむ
第一章
プロローグ
AM1:00
ヘッドホンからはお気に入りのストリーマーの声が響く
「今日はもう寝るぞー皆おやすみ!」
配信が終わりヘッドホンを外す。静寂が
怠惰な生活を送る俺がこんな時間に眠るはずはなく、
小腹が空くも自炊をしない21歳男子大学生の家には小腹を満たす食料は備えられておらず、上京したてに親の仕送りで購入したゲーミングチェアから重い腰を上げ、
背もたれにかけられたパーカーを手に取りおもむろに袖を通す。
パーカーで隠れていた背もたれは合皮が所々剥がれており時の流れを痛感させる。
最寄りのコンビニまでは片道10分ほどだ
細い道路だが一方通行ではない。
それに加えて、道が若干うねり見通しが悪く、お見合いしている車も見かける。
この時間であれば交通量が少ないのでさほど気に留める事はない。
「いらっしゃいませー」
いつもの気だるそうな店員さんはセルフレジが出来てからこの言葉しか聞かなくなった。
迷うことなくお目当ての菓子パンとポテトチップス、エナジードリンクを購入し帰路につく。
「なにやってんだろ...」
大学へ行かなくなり3ヶ月。こんな生活を繰り返している自分に嫌悪し思わずこぼれてしまった一言は呪文のようにこの道で何度も呟いている。
そんな気持ちを誤魔化すように首に下げたワイヤレスイヤホンを耳に挿し、
ポケットからスマホを取り出しストリーマーの切り抜き動画を見ながらとぼとぼと歩みを進める。
———この後の展開は感の鈍い方でもお気づきかと存じますが、
彼の人生の幕引きを割愛するのは忍びないので話を続けよう。
スマホに目を奪われている俺は、正面から来るいつもお世話になっているコンビニの配送トラックを、俺の後方から猛スピードで走行してきた車はうねった道路でトラックを視認するのが遅れハンドルを切った先に人がおり、ましてやそれが俺であることなど気づくはずもなく、後方から強い衝撃を受け、気づけば地面が目の前にあった。
頭部から頬を伝うのは血液だろうか。
騒がしい声が聞こえるがその声もどんどん遠のいていく。
「こんなところで死ぬのかよ。」
目の前は真っ暗になり、そして何も聞こえなくなった。
…………あれ?どこだ...ここ?
目が覚めるとローマにあるような噴水広場が目の前に現れた。
あたりを見渡すと広場には沢山の人が行き交って.....人?
どう見てもライオンのような見た目をしているが、二足歩行で服まで着ていて何やら言葉を発し隣を歩く人間と会話をしているように見える。
それに甲冑を着ている者や布切れを着ている者など様々だが、
どう見ても俺が知ってる現代的な服装ではない。
これは夢?死後の世界って事?やっぱり俺は死んだんだのかな———
そんな事を考えていると、何かが足元にぶつかる衝撃を感じた。
「あっ、ごめんなさい!」
「なにやってんだよ!置いてくぞ!」
小さな少年達が走り去っていく。
ぶつかってきた衝撃と痛みがすごくリアルに感じていた。
まるで生きているように。
不思議な感覚だった。
「おい、アダム様だ!」
少年達が走っていった方向から民衆の歓声が聞こえてくる
「アダム様ー!」
「いつもありがとうございます!」
民衆が羨望の眼差しを向ける先には甲冑兵士数名の騎馬隊に囲まれ、毛並みの良い馬に跨った漆黒の甲冑とマントを身に付けた黒髪の男だった。
騎馬隊とアダムと呼ばれる男は歩みを緩めた。
民衆に向かいアダムは手を微笑んだ顔で小さく手振っている
「なんだあれ...」こぼれ出た俺の言葉に反応するように、目の前にいた女性が物凄い勢いでこちらを振りむいた。
「君、アダム様知らないの!?」
何を言ってるんだコイツと言わんばかりの形相で問われるが知るはずもない。
なんせものの数分前に死んだと思っていたのだから。なんなら今もあの世だと思っている。
「どこの田舎者だよ君は。アダム様はこの街の英雄でね、格好よくて、強くて、格好いいの!もう非の打ち所がない素敵な人だよ!」
格好いい事はすごく伝わったし、現に遠目で見てもスタイルの良さがハッキリと分かる。
「英雄って何をした人なの?」
容姿が優れている以外の情報で英雄というワードが気になり尋ねてみる。
女性は俺の方を見向きもせず、アダムを目で追いながら答えた。
「アダム様は、街の暴徒や盗人を取り締まってくれたりね、この前なんか街を襲ったドラゴンを退治してくださったの!本当に救世主みたいなお人なの。今は王都にも足を運び政治にも関わっていてね...」
女性の話は止まらないが、気になるワードが多すぎて話が入ってこなかった
ドラゴンに王都ってどんな世界なんだよここは...ゲームやアニメの世界かよ...
あまりにも突飛な話についていけず、ただただアダム御一行に目を向けていると、
先ほどまで優しい笑みを無差別に向けていたはずの男が鋭い眼光となり俺を一瞬睨んだかのように思った次の瞬間
「キャー!!!!私!?ねぇ今、私に視線をくださったの!?」
耳には入ってこなかったが、アダムの武勇伝をぶつくさと語っていた女性が、熱烈なファンサービスを受けたと思い急に甲高い声を上げ目をハートにしている。
その様があまりにも可笑しく、睨まれた事など気の所為だと思ってしまうほどだった。
アダム御一行は広場の先にある城のような建物へと進み姿が遠くなっていく。
それを見送った民衆もそれぞれ散っていった。
最後まで見送り続けた女性は大きくため息をつき俺の方を振り返った。
「で、君はどこの田舎村の人?旅の人かな?」
まだこの世界がなんなのかも理解が追いついていない俺は返答に困っていた。
「あーごめんごめん。挨拶まだだったね。私はアリシア、よろしくね!」
アリシアと名乗る女性は先ほどまでの熱狂っぷりが嘘のように可愛らしく微笑んでいた。
「....俺はツバサ。よろしく。」
人と面と向かって会話する事が久しぶりだった事を思い出し、かなりぎこちない挨拶になってしまった。
「ツバサね。この街に来たのはいつからなの?」
「んー10分前?」
そう答えるとアリシアは目を輝かせた
「時間ある?この街案内してあげる!ついてきて!」
答えを待たずにアリシアは俺の腕を掴み、歩みを始め街の案内を始めた。
「ここが街の中心で、エランノール噴水広場!あそこのパン屋さんでパン買って広場で食べるの好きなんだー」
パン屋を指差し幸せそうな顔をしている。
「エランノールで一番歴史ある建物連れってあげる!で、その後は私の好きな眺めのいい穴場スポットね!」
この街がいかに素敵な街であるかを楽しそうに語るアリシアに連れられ名所と呼ばれる場所に立ち寄った。
「頑張れ頑張れ!あと少しで絶景が見れるよー!」
元気そうに階段を登っていくアリシアとは対照的に、今までの運動不足かつ名所巡りとかなりの段数の階段に疲弊した俺は息も絶え絶えに階段を登る。
「とうちゃーく!ここが私の一番お気に入りの場所!」
肩で息をしながらも登りきった先に見えたのは街が一望でき今までに見たこともない景色で、
夕日が落ちかけおり、オレンジと紫が混ざった色でより幻想的に見えた景色は疲労を忘れるほどだった。
「やばい、泣きそうかも...」
俺は言葉を言い切る前に既に涙が頬を伝っていた。
アリシアは何も言わず優しい目線を俺に向けているのを感じた。
「ツバサはなんでこの街に来たの?」
アリシアは夕日に染まる街に顔を向け尋ねてきた
「なんでなんだろ。俺も知りたいと思ってる」
嘘偽りなく自分でも疑問だった。
「なにそれ。でも来てよかったでしょ?」
「うん。来てよかったと思う。アリシアはこの街が大好きなんだね。」
「伝わった?私両親がいなくて、産まれは別の街みたいなんだけど、育ったこの街が大好きなんだ。」
アリシアはどこか悲しげだけど、優しい顔で肩にかかるくらいの綺麗な赤毛をなびかせながら続けた
「だから、ツバサがこの街に来たばかりって聞いて嬉しくなっちゃって。エランノールの魅力伝えなきゃって。旅人さんでもこの街に越してきたにしても、いい街だって思ってほしくて」
そう言い終わるとなびく髪を手で抑えながら、俺に笑顔を向けてくれた
透き通ったビー玉のようなアリシアの目はとても綺麗だと思うと同時に恥ずかしくなり眺望を眺めた。
異性とこんなに話したのいつぶりだろう。
おそらく少し年下くらいだろうか....
街を案内されている時は忙しなく意識していなかったが、可愛らしい女の子である事を認識し、顔が赤くなっているのを感じる。
夕日のせいにするにはもう遅く、夜が訪れていた。
「なんか俺、頑張ろうって思えた。後悔ばっかりしてきたけどこの街で一からやり直すよ」
「おー訳ありさんだったのかー?でも、そう思ってもらえたならこの場所教えて良かった。絶対他の人に教えちゃダメだよ?あんまり人がいないのも魅力なんだから」
意地悪そうに笑うアリシア。表情豊かな彼女に俺は心奪われていた。
「よし、じゃあ私そろそろ帰るね!ツバサもこの街にいてくれるみたいだし、明日は広場のパン屋さん行って、朝ご飯一緒に食べよ!それじゃ...」
———ドサッと音を立て倒れ込む音に顔を向けるとアリシアが地面に横たわっている。
「え...?」
状況が理解できないままアリシアに歩み寄る
「動くにゃ」
鋭い声に体が硬直する。声のする方へ視線を向けるとそこには猫耳が生えた女性らしき者が立っていた。
黒い手袋に短い丈のワンピースを着たそいつは、俺が一歩でも動けばただでは済まないであろう雰囲気を身に纏っている。
「ミケ、下がれ。」
猫耳野郎の背後から低くハッキリとした声が響く。
足音がゆっくりと近づいてくる。
猫耳のミケと呼ばれるこいつは先ほどの臨戦態勢とは打って変わり、姿勢を正していた。
「お前、転生してきたんだろ?」
街灯に照らされた声の持ち主はこの街の民衆から尊敬や羨望の眼差しを向けられていたアダムという男だった。
しかし、昼間見た顔とはまるで別人のよう険のある表情を浮かべていた。
そして、転生という言葉を聞き不思議とスッと腑に落ちた。
自分がどうやってこの世界に行き着いたのか。
だからといってこの状況はまるで理解できない。
「スキルはなんだ?見せてみろ。」
アダムは歩みを止めず問いを続ける。
「まだ何も気づいていないようだな...」
金縛りを受けたように動かない俺の額に人差し指を突きつけるアダム。
「見せてもらうよ」
額に当たるアダムの指がどんどん熱くなっていく。
焼けるように熱い指先がゆっくりと額をなぞる。
「ふっ、
熱い刃物で切りつけられるような痛みを感じるが声も上げられない。
俺死ぬのか?さっき死んだばっかだぞ?嘘だろ。
嫌だ!せっかくこれからやり直そうと思ったのに。
明日はアリシアとパン買って、広場で一緒に朝ご飯食べ....
ツバサの額には深い切創ができており、それは頭頂骨まで達していた。
「ミケ、こいつの処理は頼んだぞ」
「御意」
横たわるツバサの亡骸を軽々と担ぎ上げ、ミケは闇へと消えていった。
「転生者は俺一人でいいんだよ」
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