死にたがり令嬢の嫁入り

月野 白蝶

第1話

 聖女アタランテシアを型とっていると言う石像の前。後光が差し込むその石像の前で、黒く質素な、それでいて高級そうなドレスをまとい、頭から黒いレースのベールを被った女性がひとり、恭しく跪いていた。

 ベールから覗けるその顔はとても美しく、月光を思わせる瞳から、ホロリと涙がひとつ落ちた。


「嗚呼、神様、



 ——死にたいです」


 そう言って喉に向けてナイフを向けたところで、聖堂のドアがバンと開いた。

「エリシオール!」

「あ、ハイランド太閤殿下」

 先程自分の喉を刺そうとしていたナイフを片手に、跪いまま女性——エリシオール=タランデュアスは淡々とした顔で声を上げた。

「ユリシオンだ。そう呼べといつも言っているだろう」

「いえ、そう言われましても、わたくしごときがそのお名前を呼ぶと考えると死にたくなります」

「貴女はいつも死にたがっているではないか!」

「ええ、まぁ、そうですね」

 やって来た、鮮やかな金色の髪に、この国で最高位の者にしか出ないと謳われる菫色の瞳を持つ男性——ユリシオン=ハイランドは、深々とため息をついてエリシオールの手からナイフを取り上げた。

「ああ、せっかく10ゴルドルで買った純銀のナイフが」

「金の使い道がおかしいっ!」

 こんな風に叫んでいるユリシオンの姿を見たら、部下はおろか、乳母やですら目を丸くするだろう。いつもの冷静沈着、寡黙で真面目な姿しか知らない人々からしてみれば、こんな風に叫んでつっこむ姿など想像出来ないだろう。

 そう、エリシオールが絡むと、ユリシオンは自分の知らない面を見せられ、彼自身も驚くのだ。




 そんなエリシオールが輿入れしたのは、約半年前まで遡る。

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