chapter4-使用人達の反応

 屋敷内の案内を受けながらエバーテルと歩いていた時もそうだったが、一人屋敷内を歩いていても、当然のように敵意の視線しか感じられなかった。

 それこそエバーテルに連れられている時には無かった刺々しい言葉も、一人だとあちらこちらから聴こえてくる。

 所詮は初夜に夫の訪問も無かった歓迎されていない妻だ。この家の住人として快く迎え入れてくれるなんてことは無い。

 分かりきっていたことに落ち込むわけでもなく、ルーリエは一人庭へ出た。先程屋敷内の案内を受けている時に窓から見えた東屋で一人の時間を過ごそうと思ったからだ。

 だがその途中、庭から屋敷の方に目を向けると、何処かの部屋のテラスと思われる場所に男女三人の姿が見えた。ルシアスと、小公爵、そして恐らく「リアナ」だろうと思われる少女。

 ルーリエの前では仏頂面しか見せなかったルシアスが、「リアナ」に対しては子どものように無邪気な笑顔を向けていた。

「へぇ……笑った方がいい男じゃない」

 公然の浮気現場を見た妻の反応とは思えないほど淡々と、ルーリエはそれだけを呟いて東屋へと足を向けなおした。

 途端、

「何をされているのですか!」

「は?」

 突然の怒号に、ルーリエはわけも分からず振り返る。様相からして庭師と思われる人物がそこには居て、明らかにルーリエの方を見ていた。

「ここは公爵様から私が任されている大事な庭です! そこで何をしているのですか!」

 なるほど、庭師にすらルーリエの悪名は伝わっているらしい。ただ庭を歩くだけで怒号を浴びせられる妻が、他に何処に居るというのだろうか。

 誰も彼も幼稚で拙い。

「そこの東屋へ行こうと思っただけなのだけれど、何か問題でも?」

「っ……何もしていないなら、構いません」

「そう。では失礼」

 また身を翻して東屋へ向かう。無駄な時間を取らされてしまった。

 人生とは有限なのだ。無駄にしていい時間など本来は無い。一度死んだ身だからこそ尚更よく分かる。

 東屋の椅子に座り、先程エバーテルから貰ったメモ帳を開いた。今までこの屋敷内で出会った誰よりも丁寧で親切だった。いや、エイナも十二分に親切だった。

 いかんせん、エイナもエバーテルも無愛想だ。言葉や所作は丁寧で親切だが、表情が無い。無。仮にも監視対象に気は許せないということだろう。

 いくらでも、監視でも軟禁でもするならすればいい。とりあえず食事と寝床と風呂があれば充分だ。この家はどんなにルーリエを雑に扱っても、とりあえずそれだけは与えてくれる。

 どうせ味方が居ないなら居ないなりに過ごし方を考えれば良い。誰にも何も期待せず、息を殺して。

 そうすればここでは、衣食住だけは提供してもらえるのだから、生きるのに困りはしない。生きてさえいれば何とかなる。

 メモ帳には、先程エバーテルから教えられた屋敷内の構造や主要となる場所について書いてある。やり取りを思い起こしながら頭の中で間取り図を作り、考える。

 案内されたということは、ある程度は屋敷内を自由に歩いても良いということだろう。どこまで行っても誰かの視線は向くのだろうが。

 そう、まさに今、庭師からか他の誰かからか、報告を受けたのかエイナがこちらに来ているように。

「奥様。東屋へ来られるのでしたら、言っていただけたらお茶のご用意もしましたのに」

「ありがとう。でも、さっき案内してくれた所を自分の中で整理したかっただけだから大丈夫よ。もう部屋に戻るわ」

 あまり部屋から出歩くのすら歓迎されないようだし。とは、言わない。

「せっかくですから、一杯でもお茶を飲んで行かれたらどうですか? このお庭は、庭師が丹精込めて育てた花達が沢山咲いているんですよ」

 言われて、ルーリエは少し迷った。庭師と言えば、先程の態度は少々癇に障った。だが歓迎されない嫁の立場で言えることでは無い。それに何だか、エイナの様子が「今は部屋へ帰ってはいけない」とでも言っているようで。

 正直なルーリエの考えとしては、さっさと部屋に戻ってゴロゴロしたい、だったが、メイド相手とは言えあまり逆らうのも後々が面倒そうだ。

「そうね、じゃあ、エイナのお勧めを淹れてもらえる?」

「かしこまりました」

 そんなやり取りをすれば、エイナはあっさりと一度屋敷の方へと戻って行った。他に誰か監視を置いている様子は見られない。

 もしかすると彼女は、多少なり独断で動くことを許されているのかも知れない。何を考えてのことかは分からないが。

 昨夜、ルシアスが顔すら出しに来なかったことで、多少なり憐れにでも思ったのだろうか。

 少ししてカートを押して戻って来たエイナは、華やかな香りのアッサムを淹れていた。コクのある味わいで、少し甘めのミルクティーにされている。

 転生前も紅茶が好きだったルーリエは、よく自分で淹れていた。色々な淹れ方を研究してみたり、あちこちから特殊な茶葉を仕入れてみたり。そんな中で一番好きだったのが、濃いめの紅茶にたっぷりのミルクと少々のグラニュー糖を混ぜたミルクティーだった。

 今回エイナが持って来たミルクティーは、ルーリエの好みそのままのものだったのだ。

「とっても美味しい。すごく気に入ったわ」

「ありがとうございます」

 お茶を一杯だけ、と思っていたルーリエも、これには持って来た紅茶と茶菓子を全て平らげてしまった。

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