とあるバーテンダーの一夜

ジェン

とあるバーテンダーの一夜

 柱時計が9回鐘の音を鳴らす。

 21時――BAR resto.開店の合図だ。


 俺は煙草に火をつけ、大きく一息吸った。


 紫煙がとぐろを巻く蛇のようにくゆり、やがて天井へと吸い込まれていく。


 少しは眠気覚ましになったか。

 相変わらず気怠さは癒えないが、マシになればそれで構わない。


 重い腰を上げたところで、ドアのベルがちりんと来客を知らせる。


「こんばんは、いらっしゃい」


「こんばんは、ジェンさん。調子はどう?」


「まあ、悪くはないかな。いつものでいいか?」


「ええ、いつものをお願い」


 常連さんと他愛のない会話を交わしながら、俺はゆっくりとカクテル作りに取りかかる。


 決められた材料を組み合わせるのはもちろんのこと、グラスの温度から氷の形状までこだわり抜き、最高の一品へと仕上げる。

 ここでしか味わえない、唯一のカクテルだ。


 カウンターにグラスを滑らせると、常連さんはわずかに口角を上げて目配せした。

 俺も一緒に、ということだろう。


 俺は苦笑を返し、もう一つグラスを用意した。


 実を言うと俺は酒に弱い。

 すぐに酔いが回って睡魔と戦う羽目になる。

 が、BGMのジャズが醸し出す独特な雰囲気に呑まれて、いつも一杯くらいは嗜みたくなってしまう。


「せっかくだし、乾杯でもしましょうか」


「何に乾杯する? 何事もない、平和な一日に?」


「平和、ねぇ。今日はそうでもなかったかも」


「へぇ。悩みがあるなら聞こうか」


 日常のちょっとした悩み相談に乗っているうちに、見知った顔ぶれがちらほらカウンターに集まり始める。

 皆憩いを求めてこのバーに立ち寄る常連さんばかりだ。


 俺はグラスの残りを一気に飲み干し、ふっと一息吐いた。


 ――さて、今夜も忙しくなりそうだ。

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とあるバーテンダーの一夜 ジェン @zhen_vliver

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