2.前世
静かな口調だった。淡々と語った悠哉は、微苦笑をにじませたまま口をつぐむ。
克海もまた、無言だった。
二人ともきっと、胡桃の言葉を待っているのだと思う。
ただ、どう反応しろというのだろう。想像もしていなかった出来事に、混乱は禁じ得なかった。
自分の中に、違う誰かがいる。
それだけでも大きなことなのに、さらにその誰かが、自分として生まれる前の「自分」だなんて。
そもそも、前世の記憶なんて覚えているはずが――
「……あっ」
そこまで考えて、気づく。
「もしかしてあたしが見てたあの、別人になる夢って……全部、前世でのあたし……?」
「そう。烈が君の中に生まれた影響で、彼だけではなく、他の時代の記憶も思い出しかけていたのだと思う。烈自身が前世のことを覚えているかは定かじゃないけど」
色々な時代を見た。その中で特に多かったのはあの、モノトーンの森にいた男の子だった。
いつも寂しげで、断片的に見えた、病的なまでに白い手も物悲しさを助長するようで――
悠哉の話に出てきた「烈牙」の印象とは違うけれど、彼が烈牙なのだろうか。
否、それも気になる。気になるが、もっと確かめたいことがあった。
「あの、悠哉さんっ」
呼びかけると、ん、と首を傾げてくる顔が、優しい。
この顔を、何度も夢の中で見た。「胡桃」の恋人だ。
先ほどの話を聞いていると、悠哉自身、前世を思い出す前から不思議な感覚があったという。その上で「似ていて当然」と口走っていた。
理想の人を想像上で当てはめたのではないかと言っていたけれど、あの夢が過去の記憶で、なおかつ似ているのが当然というのなら。
「夢の中で見た、恋人――悠哉さんによく似てた、あの人は……」
あれは、悠哉さんだったんですか?
あなたは昔、あたしの恋人だったの?
はっきりと訊くには恥ずかしい。最後の方はごにょごにょと口ごもる。
質問の意図を察したのだろう。悠哉が、ああ、と苦く笑った。
「あれは僕じゃないよ」
残念ながらね、と言う割にはさらりと口にする。
内心では、「僕たちは生まれる前から恋人同士だったんだよ」的な言葉を期待していただけに、えっと声を上げてしまった。
「あの時代、君の恋人だった彼は、僕の双子の兄だった」
「――双子」
「今にして思うと、間違いなく一卵性のね。下手したら、自分たちでさえ見分けがつかないくらい似てたから」
だから「似ていて当然」なのか。納得すると同時、ふと、一つの可能性に気づく。
「じゃああれ、別人だったのかな。守ってくれた優しい人と、暴力を振るってきた人と。顔は同じだけど、やっていることも雰囲気も違ったから……」
悠哉の様子を見ていれば、とても女性に乱暴するとは思えない。
ならば守ってくれたのが悠哉で、後者はその双子の兄だったのではないか。
もっとも、そうなると恋人を暴行しているわけで、それはそれでおかしな話になるのだけれど。
悠哉が眉を歪め、悲しそうに笑う。
「それは両方とも、彼だね。あの人は――彼女を愛しすぎて、壊れてしまったから」
僕が、壊した。
小さく動いた口元がそう言ったように見えたけれど、気のせいだったのだろうか。
こちらを向いていた悠哉の顔が、正面に戻る。膝の上で組んだ手に視線を落とす横顔が、項垂れているようにも見えた。
「僕が覚えている限りでは、一番古い時代の話だ。あのときに出会って、拗れた四人は、生まれ変わってもずっと一緒だった」
「四人、ですか」
「そう、四人。いつの時代も、そうだな、胡桃ちゃんを主軸にすると話がわかりやすいと思うんだけど」
一昨日の出来事を話していた時よりもさらに、静かな語り口だった。
唇に滲んだ笑みは薄く、瞳には過去を懐かしむというより、罪を見つめるような光が浮いている。
「古代中国、夏王朝時代に僕たちは出会った」
出会ってしまった。
口調からにじみ出る感情が、鈍い胡桃でも見て取れるようだった。
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