第6話 逃避行の決意

「ねぇ、アルくん。アルくんは何者なの?」

「ん? オレはただの村人だよ」

「古代魔法語が読めるってことは、……古代から来たひとなのかなって」


 ……オレが古代人? おれは柑橘類を育てる両親のもとで育った。その少年時代がある以上はその可能性はあるまい。


「いや、いくら勇者レンの村にいる人間だからって……」

「……いいにくいんだけど、まさかアルくん……勇者レンじゃないよね?」

「え? どうして? ってそんなことより作戦たてないと」

「……いいけどさ。アルくんが勇者レンだったら、どうしようって思ったの」

「なんで?」

「だって、建国姫イリスの婚約者じゃない。レンって……」

「ああ伝承ではな」

「魔王を倒すまでは結婚しないって、二人は誓っていたよね?」

「ああ、悲恋の物語として伝わっているな。魔王を封印したが、二人はその後行方がしれない。おそらく誰かに殺されたのだろう……と思われていたな」


 リファイア王女が会話に割り込む。


「建国姫イリスさまが、魔王封印から300年が経過した現在にいらっしゃっているとしたら、会ってみたいですね……わたしは」


 ……たしかに、昔の偉人に会いたいという気持ちはわからないでもない。

 だが……。


「なあ、後で話そう。鏡を無事持ち帰るのが使命なんだろ?」

「ええ……。魔王軍に近道を与えるわけには参りませんから」

と王女は言った。

「これをお貸しします」


 と王女は髪飾りを外して僕に渡した。


「いや、ちょっとちょっと、髪飾りなんていらないですよ」

「建国姫イリスの懐刀ですよ……護身用に髪飾りに見えるように細工してあるだけです」

「オレに髪飾りをつけろと?」

「護身用ですから……、可愛くていいじゃないですか」

「いや、それは……」


王女は微笑んだ。


「からかってごめんなさい。偽装の魔法ですから……他のものにも擬態できます」

「男が持っていても不自然がないものにしたいですね……」

「ほら……笑って。アルさん。気負いすぎですよ」

「普通の剣のほうがいい気がしますが……」

「アルさんは村人ですよね? 訓練してないひとはこのぐらいが良いと聞いています」


 ……まあ確かに、小さい懐刀ぐらいがオレがうまく扱える武器の限界だろう。それに目立つのもよくない。


「わかりました。ありがとうございます」

「ねえ、アルくん。大丈夫だよ? 安心して! わたしがアルくんを護ってあげるから」


 おれはエリルの顔をみる。屈託のない顔で笑っていた。

 その笑顔をみて僕は安心した。

 彼女が……密偵で……切った張ったに本当は自信があることを確信したからだ。


「……エリル。ありがとう! 頼りにするよ。オレもがんばるけどな」

「アルさん。そろそろ時間停止結界の効力が切れますよ……急いで」


 とリファイア王女が言った。


「行ってきます!」


 オレはエリルを連れて、鏡をぬけ帝都にもどる。王都までの逃避行になるだろう。ここに今度は自分の足で鏡を背負ってこなくてはならないのだ……。

強い想いを持って、オレは鏡へ古代魔法語を唱えた。

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